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Posted by 株式会社 群馬webコミュニケーション at

2011年05月17日

死んだらどうなる・最終章

こういうことは 個人的な事でな 人に押し付けるものではないんだな。

母ちゃんが 子どもの頃に味わった そこはかとない不安感から抜け出るために 自分の半生を使って調べたり考えたりしたあげく ほぼ解決できたことを ただ伝えたいと思っただけなんだ。



人間が死んだ後 どういう過程をたどって向こう側へ行くのか っていうことを ここで語る必要はないと思うんだ。

ただ それについても たくさんの本を読んでみたんだけど 大方が同じ様な内容が書いてあった。

その中で一つだけ ここで語っておきたいことは 肉体から離れて魂だけになったとき それはそれは安らかな満ち足りた状態になる とあったんだ。

体や心が病んでいたものも そのことからすっかり解放されて 軽やかでこの上なく愛に満たされた幸福感でいっぱいになるんだと。

その世界には 相対するものはないから すべてが一体で一つなんだ。



一体 という安心感。

この上ない やすらぎ。

そのことが 母ちゃんにとって一番強烈に心に残っている。

今 自分たちがいる世界は 相対するものがあるから 「経験」 というものができる。

絶対の世界では 「経験」 は出来ない。

相手も周りもなく すべてが一体だからな。

人間は 栄光を体験するために ここにいる。

人間たちよ 栄光を体験するんだ。

ワクワクする 活き活きする 体験をするんだぞ。

どんな小さなことでも ワクワクしてみろ。

オレ 天国から見ているからな。

いつでも 見ているぞ。



さて・・・

なんと言うか・・・・

とうとう この日が来てしまった。

オレが死んだ後 父ちゃんが言った。

「一つの時代が 終わったな・・」

「楽しい犬だった・・・」

母ちゃん ずっと考えてきたんだけど やっぱり一区切りをつけることにしたんだ。

オレから離れて 日常のことを語ろうと思えば いくらでも話題はあると思うんだ。

だけど もしもそれをするなら この 「オレの語り」 の続きではなく まったく別のものとして 新たにブログを始めるべきだ・・・

そう 思ったんだ。



この 「オレの語り」 は ここで区切りをつけて 一つのものとして完結させる。

それが 一番いい と 思ったんだな。

ここに至るまでは さんざん考えて さんざん泣いたんだ。

この 1年8ヶ月の間のことを思うとな どうしても泣けてしまうんだ。

辛かったからではない 悲しかったからではない・・・・

今 アメブロでは まだ ポリスドッグシューズのことを知らないでいて くつしたで散歩をしていて 大変な時期のことをやっている。


そのときは 夢中でやっていたけど 今思い返してみると 胸の中がいっぱいだったのだと思う。

それを この語りにきてくれたみんなに 支えてもらった。

励ましてもらった。

そのおかげで その時期のことも幸せに感じながら過ごすことができた。

そのことを思うと 涙がこみ上げてくる。

北は北海道から 南は九州まで もちろん群馬県中から 海の向うはフランスからも 暖かい心を送り続けてもらった。

どれだけ深く 支えてもらったか・・・



母ちゃん 今 一人ひとりのハンドルネームを思い浮かべて ありがたさの思いを発している。

声は出さなくとも 心で応援してくれていた人たちも 大勢いた。

母ちゃんの 感謝の思いが みんなに届いているだろうか?

この 「オレの語り」 は 温かい心が流れていた。

今 母ちゃんは 「オレの語り」 をして 本当に良かったと思っている。



これからは この間言ったように オレの友達紹介をしていこうと思っている。

「ジョーのともだち」
http://jyonotomodati.gunmablog.net/

まず 事始めに ぽりさんのところのボビーの紹介をしようと思っている。

まだ 一区切りをつけようと決める前に ぽりさんには紹介することの了解をとっている。

母ちゃん できるだけ忠実に ぽりさんの話を再現しようと思って もらったメールやコメントの要点をメモに落としてみた。

それを読んでみたり 写真を見たりしているうちに そのことがとっても楽しくなってきたんだ。

詳しくは 友達紹介のコーナーで語るんだけど ボビーは病気を乗り越えて今を生きている。

他の友達もそうなんだけど 皆 それぞれが物語りになるような 小さな歴史を持っている。

母ちゃん それをみんなに紹介したい。



1年8ヶ月の間に聞いた友達の歴史と みんなとの温かい心の交流を 再び確認する意味でも そのことがしたい。

時間はかかると思うけど 大切に一人ひとりを紹介したい。

オレの この口調はそのままでな。

そして この語りが少しでも 犬や猫の介護をしているひとたちや 相棒を失ってしまった人たちの 役に立てればいいなぁ・・・

母ちゃん そう思っている。




記事総数     559
コメント総数   2428

ここに来てくれた みんな!

1年8ヶ月を 共に過ごしてくれて ありがとう!

またな~!!!
  

Posted by ジョー母 at 15:05Comments(22)

2011年05月11日

ばあちゃん


昨日 姉ちゃんがめいっこを迎えに来てな 今日は 甥っ子が来て 母ちゃんが子守をしたんだ。



寒かったので めいっこが小さい頃着ていた 赤いジャンパーを着せられているな。



母ちゃんと オレの墓参りに来てくれた。

今日みたいな寒い日に 水悪さをしてズボンをぬらして めいっこのズボンをはかされている。



似合うというか 似合わないというか・・・



当然のことながら ばあちゃんは 母ちゃんの姑だな。

今 89歳で 今年の誕生日には 90歳になるんだ。

母ちゃんが この家に来てからまる36年の付き合いになる。



スーパーばあちゃんでな いまだに電気の4輪車に乗って畑に行くんだ。

すごいぞなぁ。

だけど じいちゃんが死んでから だいぶ衰えてきたなぁ。

コタツにいることが 多くなってきているもの。

母ちゃん つくづく思うんだ。

自分にとって 切っても切れない間柄の人って 自分が持っていないものを持っているものだなぁ・・  とな。



特に 義理の間柄のばあちゃんは 母ちゃんとはまったく違う要素を持った人間なんだ。

言い換えれば 母ちゃんが育った家と 父ちゃんが育った家とでは まったく正反対の家風だったんだ。

その代表格が ばあちゃんなのかもしれないなぁ。

母ちゃん ばあちゃんには たくさん教わってきた。

うどん打ちや そば打ち そのほか田舎の料理を 知らず知らずのうちに教わってきた。

そして 一番大きなことが どんなことでも黙々と毎日続けることの 力強さ・・・ 尊さ・・・

そのことを 見せてもらった。



何でもすぐ あきらめてしまう母ちゃんからしてみると 逆立ちしてもまねできない と 思ってきた。

こりゃぁ こまったぞ と 思いながらきたんだけど あるとき 

”なにもまねをしなくてもいいんだ” と 思えたときがあってな それからは 自分流でいけばいいんだ と思うようになった。

そしたら 何だか自信が湧いてきて 気持ちも楽になったんだ。

そして今 母ちゃんも 物事を黙々と続けることの大きな力を感じている。

嫁と姑の仲だからな うまくいくときばかりじゃぁなかったけどな 36年も一つ屋根の下で暮らしていると お互い影響は与え合うことになるな。

そして この家を支えてきた同士としての思いは 共有しているんだ。

母ちゃんが この家に来たばかりの頃は 右も左もわからなくてな ばあちゃんにずい分面倒を見てもらったんだ。

母ちゃん 若かったし なーんにも知らなかったからな。



そして 今は 母ちゃんが そのときのばあちゃんの年齢に達して ばあちゃんの面倒を見る立場になってきた。

こうやって 共に暮らすことが いいか悪いかはわからない。

だけど 母ちゃんは この道を選んだんだ。

父ちゃんの意思にあわせた と 表面上は言えるかもしれないけど 結局は自分で選んでここにいるんだ。

誰のせいでもない。

それならば 36年もの長い間 自分の生きてきたこの場所が 自分にとって最高の環境だったと思いたいものな。

少しくらい熱があっても 家族のために 日々の暮らしを続けるために 黙々と業をこなす。

ばあちゃんは 母ちゃんが持ち合わせていなかった 大きなことを見せてくれた。

母ちゃんは 長い間の暮らしの中で そのことを知らず知らずのうちに習得してきた。

それぞれが育ってきた環境の違いを はじめは違和感を持って見ているものだけど 長い間には 自分にない見習うべきことがたくさんあることに 気づいて来るんだ。

そうやって 幅の広い人間になっていくんだろうな。



母ちゃんは そういう自分になれて 本当に良かったと思っている。

この家に来て じいちゃんとばあちゃんと暮らしてきたから 自分は良かった と思えるわけだ。

どっちがいいとか悪いとかじゃぁなくて 今の自分が完璧な状態なんだ という意味づけをすると 大切な人生を送っているという感覚を持って 生きて行くことが出来るぞ。

いつもばあちゃんのそばで寝ていたオレが死んで ばあちゃんは 

「何だか いやでさ・・・」

と 言っていた。

オレのことを ただ一人 「ジョーさん」 と 呼んでくれたばあちゃんは 今 衰えていく心細さを抱えているんだろうな。

鋼鉄のように思えた ばあちゃんの心も体も 老いていくことには逆らえないんだなぁ。

これからは そのことが 母ちゃんの正念場だな。

オレは いつでも 母ちゃんと共にいる。

母ちゃんの 力として 共にいる。


この次はいよいよ 「死んだらどうなる・最終章」 になるぞ。


またな!!!
  

Posted by ジョー母 at 23:09Comments(4)家族

2011年05月09日

「うんち見る?」

姉ちゃんは 自分の子どもであるめいっこに できる限りなんでも見せて育てている。

母ちゃんにしてみると えー? そんなものも見せるの?

っていうことが たくさんある。



まだオムツをしている小さい頃  

「あーちゃん うんち見る?」  と めいっこに聞いていたので 母ちゃん驚いたんだ。

自分が子育てをしている頃には 思いもつかない話だったからな。



そうに聞くと めいっこは  「うん・・」  と答えて 自分のうんこを見るんだ。

「いい色をしているねぇ・・・」

なんてな。

最近では 妹の出産に立ち会ったんだぞ。



分娩室へ一緒に入って 赤ん坊が産まれる瞬間をパパとママと共有したんだ。

母ちゃん ビデオを見せてもらってぶったまげた。

姉ちゃんが お産の瞬間のときには ベッドに上がりこんで 姉ちゃんの顔の横に陣取って その成り行きを見届けた。

「ママ がんばれ がんばれ!」   ってな。

静かに進んだ お産だったけど 何とも言えない感動を届けてくれるお産だった。

「いいお産だったねぇ・・・」

婦長さんの言葉が 耳に残った。

そして 一番最近に見せたことは オレの最期の瞬間だ。



母ちゃんが泣いていると

「ばあちゃん 大丈夫?  あーちゃんがついているから大丈夫だよ」

なんて言いながら 母ちゃんを気遣う心配りもしたんだ。

オレの最期のことについては まだよく理解できていない風なんだけど・・・

オレが死んだ次の日に 高崎に帰って間もなく大雨が降った。

空を見上げながら

「ジョーちゃん 雨が降っているから まだお星様になれないよね・・」

そのあと オレの墓参りをしながら



「ジョーちゃん もう そろそろお墓から出てくればいいのにね・・」

(ちょっとニュアンスが違うかもしれない・・・ けど 確かこんな内容だったと思う)

オレが 9歳の頃からの3年間の付き合いだから けっこう親密な付き合いだった。

いろんなものを見せるってことが いいかどうかではないんだな。

見せれば見せたで 小さいうちはフォローが必要だものな。



自分の排泄物を見せる っていうことは いろんな意味があることになるな。

見せることによって 自分の健康管理につながることになるものな。 

そして 排泄物だろうが何だろうがよく観察する事で 人のものも含めて自分の体から出る当たり前のものとして うんこというものを自覚する。

このことは ずい分大きな意味があるような気がするんだ。

生死に立ち会う ということも同じだな。



特に お産に立ちあったときは 地震の次の日だったから そのショックもあったので 3歳の子どもが受ける出来事としてはどれほどのものだったか・・・・

母ちゃん そうも思ったけど めいっこは 立派に通り過ぎた。

どんなことでもできる限りわかるように 丁寧に説明する姉ちゃんだから 母ちゃん 心配はしていなかったけど

及ばずながら 一生懸命フォローはしたぞ。

そして今めいっこは 妹の誕生でママを独り占めできなくなってしまった。

妹のことは大切なんだけど ・・・

兄ちゃん 姉ちゃんの立場であれば 誰もが通る道だな。

めいっこも 今 その立場を受け入れている段階なんだ。

父ちゃんと母ちゃんに大事にされて 昨日からオレの家に泊まっている。

自分から言い出してな。

いろいろなカラーの人間と接する事で 子どもの幅が広がっていくんだろうな。

とにかく 母ちゃんには考えもつかない姉ちゃんの子育てなんでな みんなに話したかったんだ。




ばあちゃん 姉さんかぶりが取れてるぞ! 


小さな子どものいるママたち 子育ては大変だな。

姉ちゃんだって 怒ったり 一緒に遊んだり 試行錯誤の毎日だ。

だけど 限られた期間の創作活動だ。

がんばれな!



これは 草むしりを 手伝っているんだな。

今日は 母ちゃんが 兄ちゃんの家に連れて行って 甥っ子と一緒に遊ばせたんだ。



これ 二人がちょっと険悪なムードのとき。

一緒に遊べることが うれしいくせに すぐけんかをする。




オレの語りの一区切りについて 実際の所どういう風になるのか母ちゃんにもわからないんだな。

オレが死んでしまうまでは なくてはならなかったものだった。

オレとの暮らしが 何倍にも大切で幸せなものになるのに 必要なものだった。

だけど オレがいなくなってしまってから その柱がなくなってしまった感じなのかなぁ。

語りのどんな内容も ふ抜けたものに感じてしまうんだ。


少し 様子を見ながら行ってみようと思っている。

この先 語りたいときに語る ということができるかどうか な。

人間の心というものは めんどうくさいものだなぁ。

やってみなければ 自分でもわからないというんだからなぁ。

あと一つ ばあちゃんについて語ろうと思っている。

このつぎな。


またな!!!
  

Posted by ジョー母 at 17:11Comments(2)家族

2011年05月07日

一輪車

今日は 連休中に来た 東京の兄ちゃん親子が 一輪車の練習をした様子を話したいと思うんだ。

めいっこ姉妹。



姉ちゃんのほうは 何メートルか進める程度で 妹のほうは まったく進めない状態で練習に入った。

間もなく 姉ちゃんは庭を何週もできるほど 上達したぞ。



妹も 数メートル進めるようになった。

おかしかったのが 兄ちゃんの一輪車乗り。

母ちゃん 家の中から見ていて おかしくて・・・



その後姿を 連写してしまったんだ。



兄ちゃんの子どもである めいっこは

「あのねぇ パパがねぇ きんたまが痛い・・・  って言いながら 乗ったんだよ・・」

なんて言うんだ。



後で聞いたら 「子供用の一輪車だから 乗りずらくて」 ということだった。

まったく おかしい話が 山盛りだった。



夜は 東京の兄ちゃんファミリーと その友達夫婦。

それに すぐ上の兄ちゃんファミリーや その友達ファミリー と 大勢集まって 飲み会 食事会をしたんだ。

楽しかったろうなぁ。





それから 「あのな・・」 について 温かいコメントをありがとう。

実を言うと 母ちゃん 昨日は午前中ずっと泣いていたんだ。

一区切りが 寂しくってなぁ。

宗次朗のオカリナのCDを聞きながら (今では このCDがオレのテーマ曲みたいになっている) 一人で泣いていた。



オレの語りに来てくれている人たちのハンドルネームを 思い浮かべて ずっと応援してくれてきたことへの 感謝の気持ちが湧いてきてな ありがたさに胸がいっぱいになったんだ。

みんながいてくれたから オレも母ちゃんもこの1年8ヶ月を 乗り越えることが出来た。

うそじゃない。

この語りの場がなかったら もう介護の時点でくずれていたかもしれない。



母ちゃんが オレに対して 悔いのない介護が出来たのも 大往生で送ることが出来たのも 喪失感から解放されたのも みんな この場所へ来てくれた人達の 温かい応援のお陰だ。

何度も言うけど 何の気なしにはじめたこのブログが これほどの力を持つことになるとは まったくもって 思いもしなかったんだ。

母ちゃんにとって すごいぞ この力。



あのな 振り返ってみると この1年8ヶ月は思った以上に重い期間だった。

父ちゃんと母ちゃんにとって 特に母ちゃんにとって 必死で過ごしてきた日々だった。

毎日すがるように この語りの場に向かっていた。

生活の一部になってしまっていた。

だから それから脱却したいんだと思うんだ。



「あのな・・」 を語った時点では わからなかったんだけど 母ちゃんの中でのこの語りの占める割合を 少なくしたいと思ったんだと思う。

だけど そのことがとてつもなく辛いことになってきている。

そもそも それがおかしいものな。

ここいらで そのパターンを変えたいと思ったんだな。

だから 一区切り という表現をしたんだ。



どうも・・・・  長くなってしまう。

続きは 今度。

姉ちゃんの 子育てについて語ろうと思っているんだけど そのときにでも 続きを語るかな・・・



またな!!!
  

Posted by ジョー母 at 23:05Comments(2)家族

2011年05月05日

あのな・・

あのな 母ちゃんな いろいろ考えているんだぞ。

オレの語り おととしの9月からはじめて もうすぐ1年と8か月がたつ。

それは オレが衰え始めてからの記録のようなものになってしまった。



「母ちゃんの言葉」 のときに語ったように オレの介護と オレとの別れ そしてそれを乗り越えるために なくてはならない 「オレの語り」 だった。

オレも母ちゃんも 本当に助けられた。

この語りの場は オレと母ちゃんの宝物だ。

オレが死んでから 母ちゃんの苦しさ 悲しさ 寂しさを 包んでくれた。

ありがたかった・・・



おかげで 母ちゃんが オレと別れた後の喪失感から 解放されてきた。

今でも いろいろ思い出しては泣いたりしているけれど もう 以前の涙とは明らかに違ってきている。

もう 大丈夫だ。

そんな中 今後のことを何となく考え始めていたんだけど 今日 ふっと頭に浮かんだ。

このパターンの 「オレの語り」 は そろそろ終わりにしよう・・・

とな。



母ちゃんの 乗り越えるシリーズが一段落してきたら どうも 視点があいまいになってきてな この先 何を発信していけばよいか はっきりしないんだな。

これからは ずっとできなかった 朗読奉仕を始めたり 畑仕事にも少し精を出す予定だから そのことを発信するかな・・・

なんて 思っていたのだけど なんだかどうも いま一つしっくり来なくてな 今までのようなスタイルの 「オレの語り」 は 一度終わりにしよう と 思ったんだ。


「死んだらどうなる」 は いつかは語ろうと思ってきた話だから これはいいんだけど 

今までのように オレのことをオレの視点で語る という 明確な方向性がなくなってしまった今 何を基盤に語ればいいのかはっきりしないんだな。

オレが死んだあと 甥っ子 めいっこ 赤ん坊が来たり 施設のばあちゃんのところに行ったりしたんだけど 今までみたいに逐一報告もしなかったし あまり写真も撮っていない。



(最近来た 赤ん坊の写真を 2枚ばかり撮ってあったな。

上のが つい最近のもの。

下のが 生まれた後オレの家に来ていた頃のものだ。



これから見ると 上の写真のほうが だいぶしっかりしてきているな。)



ポンポンと はずむようにあふれ出てきたことばも どうも この頃は滞っているみたいだ。

どうしてそうなのか 今のところはわからないんだけど 自分の気持ちに忠実になってみようと思っている。



ずーっと支えだった この語りの場。

楽しかったり うれしかったり 辛かったり 悲しかったり・・・・

一つ残らず この場で話してきた。

そして 温かいコメントに・・ 声こそ出さないけど暖かい心に・・ どんなに勇気付けられたかしれない。

今思うと オレも母ちゃんも 必死だったから 本気でこの語りの場に向かっていた。

オレと母ちゃんには それしか道がなかったのかもしれない。



本当に大切な この語りの場だった。

一区切りのとき だと思うと 泣けてしょうがない。

寂しくて 仕方がない。

それならば どんなことでも続ければいいのに と 思うかもしれない。

でも もう 気力が落ちた状態で語ることは出来ない。

それが 母ちゃんのスタイルなんだ。

だけど アメブロには 転写を続けていく。

今 壮絶な散歩のところをやっている。



足の甲が 血だらけになっていた頃のこと。

あんなこともあったのだなぁ・・・

なんて思いながら アメブロに載せている。

これは オレの最期までを載せていくつもりだ。

気が向いたら 見てくれな。
http://ameblo.jp/88811007/
  



あと 二つ三つ 語りたいことがあるので それを語った後 「死んだらどうなる」 の 最終章を語って 一区切りつけようと思う。

それからは オレの友達紹介 という形で 時々語りたいと思っている。

オレも 母ちゃんも 人間や動物が大好きだ。

この語りでも たくさんの友達ができた。

オレにも 母ちゃんにもな。

その 出会いと暮らしの物語も ずいぶん聞かせてもらったんだ。

その話は とっても楽しかった。

犬や 猫や インコ ハムスターまでいたなぁ。



そんな オレの友達と母ちゃんの友達との暮らしを 紹介したいと思っている。

動物と暮らしている人たちに お願いだ。

どうか ぜひ 母ちゃんに写真とともに 物語を教えてくれないか。

今までに物語を話してくれた人も たくさんいた。

そんな話を紹介できたらいいなぁ。

もしよかったら 改めて話してくれないか。

初めて話してくれてもいいぞ。

メッセージでもメールでも使って 送ってくれ。

この場を そんな 紹介の場にしたいんだ。

ブログを開設している人も していない人も関係なく 発信したいと思ったら 送ってくれ。

待っているぞ!


またな!!!
  

Posted by ジョー母 at 23:07Comments(19)思うこと

2011年05月04日

続・死んだらどうなる

知っての通り 母ちゃんは 還暦間近のただのおばさんだ。

だから 知りたいことは調べるしかない。

本や 人の話を聞いてな。



調べる時の基準は   ”これを言っている人は 誠実だろうか・・・”

ということで 読み方 聞き方を決めている。

書いている 話している 人間で 判断した。

文章や語り口で 誠心誠意で話しているかどうか 判断した。

大丈夫 と思ったら まずは信用して 読んだり聞いたりした。

そして 新しいことが目の前に現れた時は 一つのことを思いながら目を向けた。



その 一つのこととは 若いころ読んだ本に書かれてあったことだ。

1次元 2次元 3次元 それから多次元について 書かれていた本でな 難しそうだけどそうでもないんだ。



人間やオレたちがいる この3次元の空間にあるものは 面や 線を 認識できるな。

2次元と言われる面のことを 思い描けるな。

1次元の線のことも 理解できるものな。

だけどもしも 4次元の世界 というものがあったとしたら オレたちには理解できない。

それ以上の 多次元の世界についても なおさら理解不能だな。

また 線の世界にいたとしたら 面のことは理解できない。

面の世界からは 空間のことは理解できない。 

今 自分がいる世界から見えるものしか 物事を見ることができない。

だけど その世界だけしかない と 考えていれば 話はそれで終わりだな。

母ちゃんは 未知の世界のこと知りたいわけだ。



だから 「自分の5感で確かめられないことは 受け入れない」 という考え方をしないようにしたんだ。

そういうとらえ方で 人の話や本を読んだんだ。

ただのおばさんとしては かなりの量の本を読んだと思う。

だって 母ちゃんの一生の課題と言ってもいいくらいの ことだったからな。



丹波哲郎も 何冊も読んだ。

そのほかに 外国の人が書いた本も たくさん読んだ。

日本人の大学教授が書いた 論文を本にしたものも全シリーズ読んだ。

とにかく 知りたいことだったから 苦ではなかったな。

そして 母ちゃんのベースになっている本にも そのことが書いてあった。

そうやって 頭の中が出来上がっていったんだ。



もう ずいぶん前に 読んだ本の中に 人間の不安感の究極は 死への不安から来ている・・・・

と 書いてあった。

母ちゃんは なるほどなぁ と 思ったものだ。

だから ○○教 という宗教が存在するんだ。

生き死にに踏み込んで 物事を考えて 本当の安らぎを手に入れるために。

それは 個人で確立したものでも同じことだと思うんだ。

死ぬことに対しての認識を 自分で作り上げたとしたら それも立派な信仰だ。

母ちゃん 死んだ後のことについて書いてある本を 繰返し繰返し読んだおかげで 体の中に出来上がってきたんだ。

死んだらどうなるか ということがな。

みな 誠実で 押し付けがましくない本だった。



知らぬ間に 肉体が終わっても 意識 魂 エッセンス というようなものが残り続ける と 感じるようになってきたんだ。

自分で 自分に 暗示をかけたようなものだな。

世の中に 暗示が働いていることは たくさんあるぞ。

コマーシャルなんか 同じ宣伝文句を繰返し 音楽と映像とキャッチコピーで伝えているな。

こういうことも 暗示と言えると思うぞ。

とにかく 母ちゃんは 死んだらどうなるか という自分の課題を 長い間かかって調べて 取り入れた。 

それを 繰り返し頭と体に入れることによって 自分のものにしたんだな。



死んでみなければ わからないことには相違ないんだけど あの 子供時代の訳のわからない不安感からは きれいさっぱり解放されたんだ。

そして 暗示によって 自分で取り入れた情報が 確信となってきたんだ。

それによって 様々なことに対する考え方が 楽になって来たぞ。


ほれ また 長くなってしまった。

今日は この辺でな。

またな!!!
  

Posted by ジョー母 at 01:02Comments(2)

2011年05月01日

死んだらどうなる

今日の語りは 母ちゃんが いつかは語ることになるんだろうな と 何となく思っていたことなんだ。

その いつかは 今日になった。



オレの介護をしているころは そのことに忙殺されていて 母ちゃんの頭の中は 物事を整理する ということができなかった。

考え方も 実際の物もだな。

ところが オレが死んでから 時間と共に変化してきた。

幾日か前までは そんな余裕はなかったけれど 最近は整理をすることに明け暮れている。

だから こんなものや



こんなもの




そして こんなものが見つかったんだ。



狂犬病の予防注射の案内の葉書。

この葉書が来たとき 父ちゃんも母ちゃんも

「今年は ジョーは 注射は無理だな・・・・」

なんて言っていた。 

本当に 必要なくなってしまったな。





頭の中も いろいろなことを 思い巡らすようになってきた。

どうも 一つ 乗り越えたみたいだな。

オレの過去を アメブロで再体験する というリハビリも効果があったと思う。

オレが母ちゃんのそばにいる と言うより 母ちゃんの中にオレが入っている という感じがしている。

母ちゃんと 同化している と いう感じかな。

だから 母ちゃんの胸の中が いつも温かい気がするんだ。

よかったぞ。





そこで 今日の本題に入るぞ。

母ちゃんは 物心ついた頃から  ”人間は 死んだらどうなるのか・・” という疑問を持ち始め 大きくなるに連れて それは膨らんでいったんだ。

まだ小学校に入ったばかりの頃だったと思う。

母ちゃんの家は いつも両親が家にいて仕事をしていた。

それが たまに 二人とも家にいないことがあってな 妹たちがいたかどうか思い出せないんだけど 母ちゃんの記憶の中では 母ちゃんが一人ぼっちだったんだな。

そんなときは 死 というものを考えてしまって どうにもならないほどの孤独感と不安感にさいなまれて じっとしていられなかった。



家の中を 泣きながら歩き回っていたなぁ。

親を待ちわびてな。

あの 薄暗くなった家の中の 静まり返った空気感は忘れられない。

それは 1度だけではなく 何度かあった気がする。

どうして ”死んだらどうなるか” 考えるようになったのかは わからないんだ。

だけど それ以後 母ちゃんの課題として ずっと探求することになったんだ。

幼い頃は そういう疑問は 親に聞くしかないんでな 両親に聞いてみた。



母ちゃんの父ちゃんは  「父ちゃんは 人間が死んだら 何も残らないと思うよ」

と 自分の意見を言ってくれた。

母ちゃんの母ちゃん 今の施設のばあちゃんは 「そういうことは 死んで見なければわからない」

と 言ったと思うんだ。

母ちゃんとしては そのときはそう聞いたけど それでは納得できなかったんだな。

だけど そのまま 疑問を持ち続けて大人になった。



父ちゃんと結婚してから いろいろな本を読んでみたんだ。

母ちゃんにも そういう 本を読むことが出来る時代が あったんだな。

長くなってきたので 今日は この辺で終わりにするけど 

母ちゃんは 最終的に 人間も動物も 魂と呼ばれるもの 言い換えれば エッセンスとでも言うようなものが残る 

という結論に達したんだ。



母ちゃん どこの宗教にも属していないぞ。

いわゆる 霊感 というものも 持ち合わせていない。

だけど そう 結論付けたんだ。

続きは この次 な。 

今日は またな!!!
  

Posted by ジョー母 at 22:36Comments(4)