2011年04月13日

ステップ

母ちゃんな 土曜日の 荒療治から 何だか急速に解放されてきている気がするぞ。

喪失感からな。

最初のうちは オレの介護にまつわる話題が先行していてな 切なく悲しかったんだ。

父ちゃんも 母ちゃんも。

だけど そのうち そればかりじゃなかった・・・  と言うことに気づいたんだな。

オレのほとんどの犬生は 思い通りに我が物顔で生きてきたんだもの。

父ちゃんと母ちゃんは そうだ そうだ・・・  と 今度はそっちの話題に移ったんだ。

「こんなふうにご飯を食べていると お父さんのひざにあごを乗せて 何かをもらうのを待っていたっけねぇ・・・」

「そうだったなぁ・・・  そのうち 俺の足をつっついて催促したっけなぁ・・」

なんてな。

それから 「土に還る」 のところで すぐ上の兄ちゃんがコメントを書いてくれたんだ。

兄ちゃん ずっと オレの語りは ろくに聞いていなかったらしい。

奥さんに言われて たまに聞いたくらいでな。

それが オレが死んでから 語りを聞いたんだな。
              
そのコメントを読んで 父ちゃんと母ちゃんは オレの忘れていた態度やしぐさを思い出した。

「そうだった そうだった・・ 面白かったなぁ・・・」

なんてな。

ちょっと そのコメントを読んでみてくれないか。


ジョーや、君がこれほど有名人だったとは、否、有名犬だったとは驚いた。ずいぶんたくさんの人たちに愛されていたのですね。 もっともTV出演の経験もある君のことだから、脚光を浴びるのは慣れていたのかもしれないね。
 
 今は脚の痛みからも解放されてあの頃のようにサッカーボールを思い切り追い回していることだと思います。できることならもう一度、全力で追いかけっこしたかった、なぁ、ジョー。君は本当に走るのが好きだったから。
 
 思い出すのは、お尻をくねくねとよじりながら、これでもかというほどシッポをふって近づいてくる君の姿や、お菓子をあける音を察知して集中力を最大限に高めている君のまじめ顔。父ちゃんに怒られて机の下に隠れながらご機嫌を伺う君の、やたら引き締まったおけつ。微笑ましい場面ばかりです。
 
 それから忘れられないのは、抱きついている間ずっと動かずに呼吸を合わせてくれたこと。辛いとき、やりきれないとき、君に甘えた。全部わかったうえで、もの言わず受けとめてくれたねえ。ずいぶん救われたよ。ありがとう。  

 最後に、この場所に訪れ、母を励ましてくれる皆様。心から感謝しています。これからもどうぞ見守ってやって下さい。

                                                         Posted by すぐ上の兄


母ちゃん うれしかったんだな。

熱いけどクールな兄ちゃんだからな こんなふうに書いてもらって 何だか うれしかったんだ。


続々と みんなからの 励ましとお悔やみのコメント メール メッセージ 献花 そして 手紙も届いた。

こんなにみんなから応援してもらっていたことを知って オレも母ちゃんも 感無量なんだ。

母ちゃんは まだ 次のステップを踏まなければならないみたいだけど これらの贈り物が助けになっている。

単純だからな・・・・  贈り物を本当に自分の血や肉にしているんだ。






はじめのうちは あれでよかったんだろうか・・・
ジョーは あれで 幸福だったんだろうか・・・

なんてぇことを やたらと考えていたんだ。

そのうち オレを失った喪失感が 襲ってきた。

それが一段落したら こんどは 寂しさがじわじわ襲ってきている。

aruceさんが よく言っていた。

「いつもそばにいてくれたのに そばにいないこと 世話をしてあげられないことが 寂しくてたまりません・・」

emiさんも言っていた

「これからは 寂しくなってくると思います・・」

本当だ・・・

時間をかけて 自然に乗り越えような 母ちゃん!

でも 今夜は 安定剤を飲まなくても 眠れそうなんだ。

うん。

今日は 首輪の話しをしようと思っていたのに 話が違う方向に行ってしまったな。

首輪の話は 今度な。


今日は またな!!!

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この記事へのコメント
そうなんです(*^_^*)
だんだん介護や看病の話題から、元気だった頃の話に移るんですよ♪
アークも6ヶ月くらいまで室内にいて、その後ゲージを作って外に出たのですが、『淋しそうに鳴いたらウチに入れよう!』と母は思っていたらしいのですが、案外広い空間が好きだったらしく直ぐに屋外に馴染んじゃいました(^m^)
その後もアークの庭の拡張が進み、家の敷地より広い場所をフェンスで囲い、首輪もせず悠々自適に穴を掘ったり、おもちゃを埋めたりしていました(^.^)b
他にもキャベツ畑を散歩したり、雪のなかを掻き分けてはしゃいでいたり…実家に戻るたびに思い出しては母と話をします。
傑作なのが浅間山の噴火!あの時は私は学生で実家にいなかったのですが、話によれば噴火したのを確認したのと同時に家族揃って車で避難(ウチだけ…周りの人は大丈夫だよ〜と呆れて見ていたようです)。もちろんアークも車に滑り込んで乗ってきたそうです(^^ゞ
普段車で外出するときは首輪をつけて、リードをして…お行儀良く(?)後ろの広いスペースに乗るのに、その時ばかりはノーリードで後ろの座席の下に入って大人しくしていたそうです(^-^)
あと…シャンプーから帰って来ると不思議なカットになっていて思わず笑ってしまったり…色々な思い出が沢山出てきます。

ジョー母サンも旦那さんやお子さんと色々な思い出話が出来ると良いですね!それが一番ジョー君の供養にもなると思いますよp(^^)q
陰ながら応援しています(^O^)/
Posted by つきんこ at 2011年04月14日 00:18
つきんこさん

やっぱり たくさんの思い出が次々と浮かんでくるのですね。
お母様と共有していて 話し相手がいるってことはいいですよね。

私も 家族や皆さんと ジョーの思い出話をすることが 今一番の幸せな時間です。

避難の話は 笑っちゃいました。
人が何と言おうと わが道を行く・・・
私たちも同じです。
Posted by ジョー母ジョー母 at 2011年04月16日 23:15
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    コメント(2)