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Posted by 株式会社 群馬webコミュニケーション at

2023年04月14日

明日から始まる

人には必ず生まれてきた意味と この世での役割があると思う
何の意味もなく役割も持たずに生まれてきている人は 一人もいないのだと思うんだ。


どうもこんなふうな言い方をすると 敬遠されてしまうのかもしれないんだけれど
オレとおふくろのの役割は どんな状況になろうともこれを言い続けていくことなんだと思うんだ








「あなたに贈る30日のメッセージ」でも伝え続けているけど
物事を達成するためには「あきらめないこと」が大切なんだなぁ


一人一人が自分が生まれてきた意味について 
自分の人生でやるべき使命について考えることは とっても重要な事だと思うぞ


おふくろの発信力はかなり少なく限られているけど あきらめずにやっていこうと思っている
(先日も久々にインスタグラムに動画のお知らせを投稿するため試行錯誤したけれど とうとう投稿できなかった)


動画の発信もその一環としてのことなんだな
「あなたに贈る30日のメッセージ」https://youtu.be/ujp0EhlOOCY


あした朝6:00から30日間の心の旅が始まる
自分に向き合う時間が取れるといいんだけどなぁ


最後に すべての人が輝けますように・・・
  

Posted by N子 at 16:31Comments(0)

2023年04月11日

あなたに贈る30日のメッセージ

オレと暮らしたことによって おふくろの人生が大きく変わったと言えるんだなぁ


東京のカウンセリングの学校に通い学んだこと YouTubeに挑戦したこと 
これらはすべてオレと暮らしたことからなんだもの


オレたちのような弱い動物たちが痛めつけられない世の中に
少しでも近づくように という願いがおふくろの中に生まれたことが始まりなんだもの


おふくろはずっと 何だか毎日やる気が起きなかったり 
自分はダメだと考えてしまったりする
人に向けて動画を送ってきた


「生きづらい人」のシリーズでは 30分くらいの時間をとった動画を送ってきたけど 
今回は5~10分くらいの気軽に観てもらえる時間で作成してあるんだ


誰かの役に立てたとしたら おふくろはもちろんだけどオレもうれしいんだなぁ


https://www.canva.com/design/DAE1Vd3_3ok/wx8670n76Pg8yA5FYSUC4Q/view?utm_content=DAE1Vd3_3ok&utm_campaign=designshare&utm_medium=link&utm_source=viewer


「あなたに贈る30日のメッセージ」


最後に  「すべての人が輝けますように・・・」
  

Posted by N子 at 12:28Comments(0)

2023年03月27日

侍ジャパンがもたらしたもの


寒い寒い冬の季節からやっと桜の季節がやってきたなぁ
まだ木々の葉が細かく薄緑で これは今しか見られない風景だよな


”これはいっ時だけだぞ” というふうな
自然からの贈り物のように思って見たとしたら また趣が違うかもしれないなぁ


さあて WBCでの 「侍ジャパン」 の活躍はまだしっかりと心に焼き付いていることと思う
栗山監督はじめメンバーの力が結集して日本中 
いや世界中の人たちの心を揺るがせたものなぁ


オレもおふくろも あの出来事は単なる野球の試合ではなかった と思えてしかたがないんだ
そこに 「見えざるもの」 「自然の力」 「サムシンググレート」 というような
大きな力が働いていたように思ってしまうんだなぁ


もうずいぶん昔に おふくろが読んだ本の中に 「いつか世界を救う日本人が現れる」 という文言があってなぁ
この言葉はずっとおふくろの心に残っていて ”これは真実の言葉なんだろうなぁ” というふうに考えていたんだ


日本と言う国は四季の豊かな国だものな
そこに住む人々は 春夏秋冬を繰り返し生きていくことで
心の機微が育ってくるのだと 色々な人が言っているけど
本当にそうだろうなぁ と思うんだ


日本人には 「侍魂」 「日本人魂」 という
独特な心の土台が遺伝子の中に組み込まれているのだと思う
「短歌」「俳句」の文化は日本独特なもので 
そのことこそ日本人魂を表しているのだと思えるよなぁ


だから 世界を救うのは日本人 という説がスッとおふくろの心に入ってきたのだと思うんだ
なぁ? まさに侍ジャパンのメンバーは世界に影響を与えている 世界中の人の心に感動を与え勇気をもたらせてくれている だろう?


これからはこんな出来事がたくさん起こって 
人間が生きる上で目指すべき世界を作り上げていくのではないかと思うんだ


「波紋」という言葉は 水の中に石を落とすと輪の形の波が起こるだろう? 
そのことを言うのだそうで 今回の「侍ジャパン」は石に相当していて 
その石が日本のみならず世界という水の中に「ドッボーン」と落ちてなぁ 
大きな大きな波紋を届けたのだと言えるのではないだろうか?


心とか意識というものはそんな水のようなもので 石が大きければ波紋も大きく広がるなぁ だけど石が小さくても波紋は起こるんだなぁ


そうなんだ たとえ人間一人だとしても波紋は起こせるってことなんだ
たとえ小さな波紋であったとしても 
自分の周りの人たちに 影響を与えることができるってことなんだなぁ


自分がプラスのエネルギーを発して生きていることだって 
まわりに良い影響を与えていることになるんだ
たとえば 「笑顔で周りと接すること」 だってプラスのエネルギーを発していることになる
そんな小さな波紋がたくさんできれば 世の中は確実に変わってくる


小さな石の一人の人間だとて プラスのエネルギーを発することでそれ以上のプラスのエネルギーを受け取れる
そのことで自分も あたたかく充実した心を創り上げていくことができる


これからの時代はそんな人たちで創っていくのだと思うんだ
心でつながる事が とっても大切なんだなぁ
最後に すべての人が輝けますように・・・
  

Posted by N子 at 09:45Comments(0)

2023年03月21日

死生観について

「死生観」だなんていうと敬遠する人が多いかもしれない
なんか 空恐ろしい気がするかもしれない


生きること 死ぬこと に対する考え方 ということだもの
ちょっと大げさになるし 考えるのは大変 と思うかもしれない


だけどなぁ 今こそ それぞれの人間が
「死生観」について考えるべき時なのではないかと思うんだなぁ


おふくろが子供のころ そうさなぁ 小学校1~2年生のころから
小学校を卒業するくらいまでの時期は


ずっと 「死ぬこと」の恐怖にさいなまれていたんだなぁ
”人間が死んだらどうなるのだろう?”  ってなぁ


まだ幼い子供だから 本などで情報を得ることもできなかったしなぁ
ただただ 恐ろしかったんだ


でも知りたいものだから 親に聞いてみた
「ねぇ 人が死んだらどうなるの?」って


親の方もなぁ 子供が真剣に聞くものだから
それなりに真面目に答えてくれたんだ


「父ちゃんは 死んだらそれっきりだと思う」
「何もなくなると思うぞ」



「え? 何もなくなる?」
おふくろは 真っ暗闇の中にいる自分を想像してしまった


母親は
「そんなの死んでみなければわからないよ」 と答えた


その答えも おふくろにとっては恐ろしいものだったんだ わからない ってこともなぁ
だけど そのころのおふくろが情報を得るすべは親に聞くくらいしかなかったからなぁ 


子どもながらに ずっと悶々として生きてきたんだなぁ
おふくろの父親と母親の死に対する考え方も 「死生観」のうちだと言える


「死生観」は それぞれの人間が独自に持つものだと思うから これが正しい っていうものはないのだと思うんだ
だけど 今の世の中ほど 人間が「死生観」を必要としている時代はないのではないだろうか?


「死生観」は誰かに教わることではない 一人一人が調べたり考えたりしながら 自分なりの答えを探り出していくものなんだ
だから 面倒くさいし 特に考えなくたって生きていけるもの つい流してしまうこともあるだろう


でも それがあるとないとでは 人生が全く違ってくる
「生きること」 「死ぬこと」 について自分の考えをもっていると


おそらく 強く生きていけるんじゃないだろうか?
それに あまり迷わなくなると思う


人間は(自分は) 何のために生きているんだろうか?
死ぬって どういうことなんだろうか?


って 考えることは大切な事なんだなぁ だって オレたちと違って人間だからなぁ みんなはなぁ


おふくろの幼いころは そのすべてが死に対する恐怖だけにおおわれていたわけではなかったけれど
幼な心に 恐怖におびえていた自分を思い出すと 今でもかわいそうだったなぁ と思ってしまう


だけど あれがあったから その後の人生も 生きることと死ぬことについて考え続けることができた
おふくろにとっては なくてはならない人生の経験だったのだと思うんだなぁ


人間たちよ 恐れるなかれ
「生きること と 死ぬこと について考えることを」 
   なぁ?


最後に
すべての人が 輝けますように・・・


  

Posted by N子 at 23:06Comments(0)

2023年03月12日

墓参りに行ってきた

おふくろが尊敬している
ボランティアの先輩の墓参りに行ってきた。


墓掃除とか墓参りとか 
墓の関係のことってすがすがしい気分になる場合が多いものだなぁ。
ボランティアの同期と久々に行き会って たくさん話もできたんだ。


同期の5人が誰も知らないお寺に行って 
知らない墓地で先輩の眠っているお墓を探して お参りをしてきた。


みんなで食事をして そのあと先輩の家にお邪魔して 奥さんも交えていろんな思い出話をすることができてな
おおかたを 家の中で慌ただしく過ごしているおふくろにとって 非日常の貴重な一日になったんだなぁ。


先輩の奥さんと話せば話すほど おふくろの家との家風の違いを感じたものだ。
音訳を毎日の仕事のようにしていた先輩の家では すべてが「文系」という雰囲気で回っていた。


わずかの間その中にいることによって おふくろの中に同じ部分があることを感じ
その空間が とっても居心地が良いことに気づいたんだなぁ。


「文系」の雰囲気 って表現もおかしいかしれないけど 
おふくろの言いたいことは伝わるだろうか?


オレの家は 「体育会系」と「文系」が混在していたと思う。
だけど先輩の家はおふくろが受けた印象として 純粋な「文系」だったんだなぁ。


”だから何なんだ?” ということかもしれないけれど
人間にはそれぞれが持っているエネルギーがあって 
常にその場から受けるエネルギーを感じ取っているものなんだろうなぁ。


「文系」 「理系」 「体育会系」 なんていうふうな見方で
その場のエネルギーを感じ取るのも一つの方法かもしれないなぁ?


とにかく 同期のみんなと一堂に会して 
「墓参り」 という一つの目的を果たせたことはよかったぞ。
なぁ?


最後に
全ての命が輝けますように・・・
  

Posted by N子 at 10:39Comments(0)思うこと

2023年02月23日

墓参り


オレ ボクサー犬ジョー おふくろの代弁者
オレの言葉で語ることによって おふくろは自由になれる


おふくろ自身から少し離れた感覚で いろんな話をすることができるんだなぁ
だから この感覚気に入っているんだ オレもおふくろも


ところでな 近いうちに おふくろはボランティアの先輩の墓参りに行ってくるんだ
ボランティアってどういうものかというとな


視覚障碍者の人たちに向けて 本や情報誌を音訳するというボランティアなんだなぁ (その他に点訳というボランティアもある)
今はおふくろは 2か月に1回のペースで情報誌をみんなで作っているんだ


音訳したものを器械で録音してなぁ それを他の人がちゃんと校正もしている 
それから今度はそれを編集して 視覚障碍者の人たちに届けているんだ  
おふくろ そのボランティアに参加してから もう25年近くたつんだなぁ


ボランティアに参加するにあたっては
そうさなぁ おそらく2か月以上にわたって入門講座があってなぁ
音訳者として必要な本の読み方を 徹底的に学んだものだ


先輩というのは その時に指導してくれた人でなぁ 音訳の生き字引のような人だったんだ
どんなことを聞いてもちゃんと答えてくれて そこには優しさとユーモアが必ずあったなぁ


いつでもそこにいて みんなを照らしてくれている 言ってみれば「灯台」のような存在だった
おふくろが一緒に入門した同期は その先輩と共に朗読劇を発表したり ただの田舎芝居の劇をしたり
一緒に食事に行ったり 集団で朗読をする「群読」というのもしたなぁ


だけど 先輩 去年病気で亡くなってしまった


しかも その先輩は 自分の葬儀の時に参列した人たちに向けて 別れの文章を用意してあったんだ
自分の命が残り少ないという状況で 今まで自分とかかわりのあった人たちに向けて



別れと感謝の手紙を書いていた・・・ 
おふくろの人生で後にも先にも そんな人は一人もいなかった


あのひょうひょうとした「たたずまい」 ウィットにとんだ会話 人間味にあふれた言葉の数々
そんな人とかかわりを持てたことは おふくろの人生の誇りであり ありがたい出会いと言える


という とにかく おふくろの周りにはあまりいない 本当に魅力的な人だったんだ


ボランティアの仲間たちは先輩がいなくなったことで 一様に喪失感を抱えることになったんだなぁ
コロナの社会環境とも相まって おふくろのモチベーションも一時はがた落ちになった


だけど 人の心というものはちょっとしたことで変わることができるんだな
ボランティアの企画で その先輩の追悼文を募集して追悼の冊子を作ることになったんだ


おふくろは ”自分は書かなくてもいいや” と思っていたけど
同期の仲間が書く ということを聞いてそれならば自分も書いてみよう


という気持ちになったんだなぁ
描き始めたら あとからあとから書きたいことがあふれてきてなぁ


書きあがったら 書いてよかった 書くべきものだった と思えたんだ
そして 先輩の志をみんなで引き継いでいくことこそが 本当の供養になるんだなぁ


って思うようになった
コロナ渦で色々な制限があるけれど おふくろはできることをやるつもりでいる


物事の流れに身を任せると 自分がやるべきことにたどり着くものなんだなぁ おふくろはつくづくそう思ったんだ
そしてその流れで 今回の墓参りの計画がトントンと進んだわけなんだ


同期の仲間と思い出の写真などを持ち寄って 思い出話をすることになっている
これも 本当の供養になると信じて 先輩に気持ちが伝わると信じておふくろは行ってくるぞ 


追悼文を書かなければ 墓参りには話が進まなかったろうと思う
どんなに回り道だとしても 自分がやるべきことは必ず目の前に現れるものだ


「自分に起こる出来事には 大きな意味がある」
なぁ?


最後に
すべての人が輝けますように・・・
  

Posted by N子 at 16:44Comments(0)思うこと

2023年02月11日

のぶ子のアファメーション」

オレ ボクサー犬ジョー
天国からおふくろの応援をしているんだ。


オレたちは天国から 一緒に生きてくれた人たちをいつも見守っている。
そして 共に生きてくれた人がオレたちのことを思い出してくれた時には
一瞬のうちに その人のそばに来ることができるんなぁだ。


オレはいつでも おふくろを見守っている。
そして おふくろがオレのことを頭に浮かべた瞬間におふくろのとなりにくるんだなぁ。


天国では体というものがないから 心だけだからそれができるんだ。
今も オレ おふくろのそばでこれを語っている。
おふくろと共に 心を込めてな。


今日は おふくろの動画を紹介しようと思っているんだ。 
「生きづらい人へ」のシリーズの中で生まれた 
「のぶ子のアファメーション」https://youtu.be/T5SbiBsou9Y


これを観て 聴いて 心に届いたとしたら
今のあなたの生きづらさに 少しだけ触れたということかもしれない。


生きるということは それだけで尊いことなんだなぁ。
最後に
すべての人が 輝けますように・・・
祈る。
  

Posted by N子 at 10:06Comments(0)カウンセリング

2023年02月09日

続・心の世界は人それぞれ


前回は 「人の心の世界はそれぞれだから そのことを尊重して受容の態度で人と接することが大切なんだ」 という話をしたんだけれど 今日はその続きを話してみようと思っているんだ。


とかく人間たちは 「正しい 間違っている」 「好き 嫌い」 という評価を無意識にしている場合があると思うんだなぁ。 
だけどなぁ 人に対して “心の世界は人それぞれなのだ” というとらえ方をすることによって


相手の心の世界を尊重することができる という気がしないか? 
そしてそれが受容につながっていって最終的には自分の心が安定する 
ということになるんだなぁ。


おふくろも「受容」というとらえ方を学んでから 自分が楽になったと言っている。
それは相手の尊厳を守りながら 同時に自分の尊厳も守られているという事でなぁ
だからこそ その相手との間に摩擦を生じさせないということになるわけなんだ。


考えてみると 人間は誰しも例外なく
その人の立場と環境の中で精いっぱい生きているんじゃないか?
男という立場で 女という立場で 上司という 部下という 大人という 子供という
それぞれが置かれた立場で
また裕福な環境 貧しい環境 都会という 田舎という 大家族という 一人っ子という 
それぞれが生きている環境の中で 
自分が持っている心の世界を土台に 精いっぱい生きているんだと言えるんじゃないだろうか?


もちろん好きとか嫌いとかという感情は自分の中から自然に湧いてくるものなので それが悪いとかいらないとかということではないんだな
感情は心の声だから 自分の感情に対しても評価せずにそのまま受け取ることによって その時の自分の状態をしっかり把握することができるんだ。
だから感情は排除するものではないんだなぁ。


さらに良いとか悪いとかと判断しないで「受容」の態度で人と接することによって 知らない間に人間関係がよくなってきたりするものなんだ。
「受容」することってなんとなく不安に思う人もいるかもしれないけど 大丈夫 それによって自分が失うものは何もないぞ。



その「受容」の姿勢は 自分に対しても当てはめることができる。
自分の心の世界は自分だけのもので この世に唯一な特別なものだからなぁ
良いとか悪いとかの評価をしないで自分を見つめてみるんだ。
自分を受容することができてはじめて 人を受容することができるってものだから。


この世に唯一無二の 「自分の心の世界」 を真っ先に受容してみると
“あぁ 自分は本来持っている特性とこれまで生きてきた環境から受けた影響によって出来上がっているんだなぁ”


“だから人に対してなんとなく壁を作ってしまうのかぁ それも無理もないことだったんだなぁ”
 と
自分を丸ごと受容することで 自分が持っている枠が取り払われて
自分に対しても他人に対しても 思っていた以上に心が楽になるものだぞ。


これはおふくろが通ってきた道なので おふくろが確信を持っていうことができる。
「人の心の世界は人それぞれ」 
どうだ? このことを意識して生きてみないか?
なぁ?


最後に
全ての人が輝けますように・・・
祈る。
  

Posted by N子 at 10:37Comments(0)カウンセリング

2023年01月31日

心の世界は人それぞれ

人間は “わかっているつもりでもちゃんと理解していない”
ということが結構あると思うんだなぁ。
それは 「心の世界」についても同じなのではないかと思うぞ。


”こんなことはみんな同じにように考えること” ということでも
人によって考え方が違っていてビックリしたなどということはよくあることだろう?
それというのも「心の世界」は人それぞれで全く違うんだ ということなんだ。


かつておふくろは 「とても凶暴な女の子」 の話を読んだことがあってなぁ
それは 人を全く寄せ付けないほどの凶暴さで 施設に連れてこられた子の話なんだ。


その子は結局施設のスタッフの女性の献身的なかかわりによって
何年という歳月はかかったけれど かなり凶暴さはなくなって
普通の女の子に変化していったんだそうだ。 
でも どうしてそれほど人に対して攻撃的だったか というところが今日の本題なんだなぁ。


その子は幼いころから 父親からの強烈な虐待を受けて育ってきていた。
それは精神的な 身体的な 性的な虐待でおふくろは読み進むのがつらかったんだと。
そんな衝撃を受けた話だったので おふくろ その本から大きな気づきを受け取ったんだ。
“人を外見だけで判断しないでよそう“ という気付きだな。


幼いころから一番信頼し頼るべき父親から 壮絶な虐待を受け続けてきたその子が 簡単に人を受け入れることができるだろうか?
母親からも守ってもらえなかったその子は おそらく常に人から攻撃をされるのではないかという
大きな恐れと恐怖の気持ちを抱いていたと思えるよなぁ。


それに 人に対して信頼するということも一切学んできていないんだもの
どれほど孤独で過酷な人生を生きてきただろうかと思わざるを得ない。


その話を聴いたうえで どうだ?
人に対して攻撃的であることを 非難できる人は一人もいないのではないか?
そのように人が受けてきた様々な環境からの影響は 
その人の人生に大きくかかわってくるんだなぁ。


もう30年以上前に読んだその本のことは おふくろいまだに忘れることができないんだ。
そしてその経験が その後のおふくろの心の学びの大きなきっかけになっているんだなぁ。


どんな人でもその人の持っている資質に加えて 
生きてきた地域や家族の形態 また周りの人たちから受けた心に対する影響やら 
様々な要因によって心の世界は創り上げられてくる。


だから自分と同じ心の世界を持っている人は
世界中を見回してみても 一人もいないはずなんだなぁ。


人間たちはそれぞれ違った心の世界を持っている。
そしてそのことを知ってそのことを意識することで 
自分と違う考えや価値観に触れたときに それを受容することができるんだ。


「受容」というのは
その考えや価値観に賛成したり反対したりする というのではなく 
ただそのまま受け入れるということ。


その人丸ごとを心の世界も含めて  評価しないで受け取るということなんだ。
そこには 好きとか嫌いとか 正しいとか間違っているとか 
という評価は必要ないということなんだなぁ。


長くなってしまったので 続きはまたな。
最後に 全ての命が輝けますように・・・
  

Posted by N子 at 11:36Comments(0)カウンセリング

2023年01月21日

続・感情について

前回 オレ 「感情は心の声」と話したけど 覚えているか?


多くの人が感情をあまり表現しない方がいい と考えている。
中には 感情を感じてはいけない と考えている人もいるんだなぁ。


今の世の中では特に 理性を優先して働かせていないと厄介なことになることが多いからなぁ
ついつい 感情は押し込んでおいて 理性で考えてから行動をしていることが多いと思うんだ。


だから 自分の感情に意識的になることがとっても大切なんだなぁ。
もちろん 感情だけを優先しているわけにはいかないんだけれど・・・



なぁ 理性だって働かせなければ とんでもないことになるものなぁ。
人を攻撃したくなったからって そのまま攻撃をしてしまう なんてことになったら


これは もう 世の中がとんでもないことになってしまうものなぁ。
だから 理性も大事 だけど 感情も同じくらい大事なんだ っていうことなんだなぁ。


そして 今日の本題はここからなんだ。
人間の感情の根源について なんだな。


人間の感情は 本当にずいぶんたくさんあるものだ。
悲しみ 怒り 嫌悪 驚き 恐れ 嫉妬 恨み・・・


喜び 信頼 期待 楽しみ 愛情 慈悲 好意・・・・
そんな色々な感情が人間にはあってなぁ その時々にピッタリな感情が自然に湧いてくるものなんだなぁ。


その感情の根源には 「愛」の感情と 「恐れ」の感情がある。
全ての感情が 「愛」か「恐れ」から派生していると考えてみてほしいんだ。


「愛」は 解放的 友好的 柔軟性 明るさ 豊かさ につながっている
「恐れ」は 攻撃的 支配的 拒否的 暗さ 渇望 硬さ なんかとつながっている


そう考えてみると なんだか腑に落ちないだろうか?


「愛」の心で生きていると 人に対して友好的になれる 臨機応変な対応もできる 
明るい自分でいられる 心は豊かでいられる


「恐れ」の心が土台にあると 人に対して用心深くなる うっかり心を開けない 
何となく暗くなりがち いつも何となく不足感を感じている


戦争なんか その最たるものだと思うんだ。
恐れているから攻撃をする 恐れているから拒否をする 恐れているから受け入れない 恐れているから嫉妬をする


ってな。



「善」 と 「悪」 という分け方ではなくて 「愛」 と 「恐れ」 というとらえ方なんだなぁ。
もともと人間は 善と悪 では片付けられないものだと思うんだ。



「愛」の感情と 「恐れ」の感情とがおおもとにあって人間は出来上がっているんだなぁ。
どうだ?  そう考えるとなんか腑に落ちないだろうか?


攻撃的だから 支配的だから 悪だという直接的なとらえ方ではなく
恐れから発しているから 攻撃をする 支配をする 拒否をする ということなんだなぁ。


しかも その 「恐れ」の感情でさえも「愛」に包まれている というんだなぁ。
人間の土台は あくまで「愛」なんだ ということだろうと思うんだ。


だって 恐れの感情だって人間には必要だもの 無くてはならない感情だもの 
だから 恐れが悪 ということは言えないんだなぁ。


人間やオレたちは そもそも 大いなるものの中で生きているんだものなぁ。
恐れの感情でさえ愛の中にある ということは 「大いなるもの」 自体が 「愛」だっていうことなんだろうなぁ。


なぁ? 大いなるものの中でいかされている 人間でありオレたちなんだよなぁ。
最後に 全ての命が輝けますように・・・
  

Posted by N子 at 15:51Comments(0)カウンセリング

2023年01月14日

感情について

オレ ボクサー犬ジョー

もう12年近く前に おやじとおふくろのいる世界から去ってなぁ
今オレは たくさんのオレの仲間たちがいる世界に来ているんだ。


そこでは 多くの犬や猫たちが仲良く暮らしていてなぁ
自分たちがともに暮らしてきた人間たちのことを 見守っているんだぞ。


そしてなぁ ちょっとでも自分のことを思い出してくれたなら
オレたち 思い出してくれた人のところに瞬時に移動してくるんだなぁ。


だって もう 体というものがないから 心だけだから
どこにだって行ける それっていうのもエネルギー同士のつながりだからなんだなぁ。


今だって おふくろがオレのこのブログを語り始めると 
オレはすぐにおふくろの傍らにやってきてなぁ


一緒に考えたり話しかけたりしているんだ。
それはそれは 幸福な時間なんだなぁ オレにとってもおふくろにとってもなぁ。



さあて 今日は感情について話してみようと思っているんだ。
「感情」 は 「理性」 とは違うところから湧いてくるものなんだなぁ。


「理性」 が脳の領域だとすると 「感情」 は心の領域だと言えると思うんだ。
感情は心の声 と言ってもいいと思うんだなぁ。


理性が 「今日はここへ行かなければならない」 と言っているのに
感情は 「嫌だよ 行きたくないよ」 と訴えているなんてことはよくある事だろう?


オレたちには想像もつかないけれど 人間は 嫌だけれどしなければならない
ということがたくさんあるものなぁ。


理性を優先させて感情を抑えてばかりいると 色々な症状が出てきてしまうことがある。
胃の調子が悪くなったり 息苦しくなったり 頭痛がしてきたり のどが詰まったようになったり・・・


心に表れることもある。
気分が落ち込んだり 逆にハイになったり パニックになったり 何となく悲しくなったり・・・


感情は心の中から出てくるサインだから ちゃんと拾い上げてやらなければならないんだ。
抑え込んでないものにしようとしても 決してないものにはならない。


その人の中にずっと残り続けるものなんだなぁ。 だからな
”そうか 本当はそう感じているんだね あんたの言いたいことはわかったよ”
って ちゃんと声に耳を傾けることが大切なんだなぁ。


”だけど 今回はどうしてもやらなければならないんだよ 
あとでおいしいものを食べて慰めるからそれまで待っていてね”



って 理性と感情とで話し合うことが大切なんだなぁ。
そうすることで 感情は抑え込まれたままでいることにはならないもの。


ちゃんと向き合ってもらっているんだもの ないがしろにされているわけではないもの
ある程度気がすむってことなんだなぁ。



そして おいしいものでも食べながら
”今自分は 心を癒しているぞ” ってしっかり意識しておいしいものを食べる


”今自分は 心の中を洗い流しているぞ” っていい映画を観る いい音楽を聴く
”今 ちゃんと 心の声に向き合ってそれを外に出すことで 心を癒しているんだ”


って意識することで もやもやした気持ちがかなりスッキリするものなんだなぁ。
感情は排除するものではない ちゃんと向き合い外に出してあげることで浄化されるものなんだ 。


感情は 自分の心を気づかせてくれる大切なものでなぁ
目には見えなくても存在している 大事な自分の一部なんだ。


最後に すべての命が輝けますように・・・
  

Posted by N子 at 15:03Comments(0)カウンセリング

2023年01月05日

年頭のあいさつ

謹賀新年

人間たちよ どんな正月を迎えただろうか?


グッと目線を遠くに持って行って 宇宙的に考えれば 
暮とか正月とか言ったって 世界はただ時を刻んでいるだけ


地球の自転を365回繰り返して 太陽の周りを一回りする という
宇宙の営みを続けているだけなんだなぁ。 


だけど 人間たちが暮らすこの地球上では この日本という国では
確かに暮があって正月がある この国独特の一年という区切りは明らかに存在するんだなぁ。


暮があって正月がある 春があって夏があり 秋があって冬がある だから本当に これから新しい一年が始まるんだ。
地球の自転で一日を体験して 地球の公転で一年を体験している。


なんということだろう 人間もオレたちもその中で生きているんだ。
そんな壮大な宇宙の摂理の中に生きている 人間なんだなぁ オレたちなんだなぁ。


なぁ? この営みから外れようったって 決して外れることはできないんだ。
良くも悪くも その節理の中で生きることしかできない 地球人でありオレたち命なんだなぁ。


おふくろは新たな年を迎えて そんな「命」のことを考えながらこの先を生きていこうと思っているんだ。
どんなことでも 自分の意識をちょっと遠くに持って行って そこから眺めてみると


”そうだよなぁ これって自分だけが大変なのではないよなぁ” とか
”今の状態が ずっと続くわけではないんだよなぁ いまにきっとこのことが終わる日が来るんだよなぁ”


とかって考えることができたりするものなぁ。
そこでだ 


ここに来てくれる人間たちが 
この一年を そんなふうにとらえながら過ごしていけるように

オレ 祈っているぞ。


オレの語りもボチボチとだけど 続けていきたいと考えている。
だから 今年もよろしくな!


最後に すべての命が輝けますように・・・

  

Posted by N子 at 10:11Comments(0)

2022年12月26日

今年最後のあいさつ

人間やオレたち生き物が 生まれてきたら必ず死ぬように 
物事には必ず 始まりがあって終わりがある。


一年の始まりがあるからその終わりもある。
2022年という年も始まりがあった そしてもうすぐ終わろうとしている。


今年という年は まったくもって混とんとした一年だったなぁ。
生きとし生けるもの 特に人間にとっては厳しい一年だったと言えるのではないだろうか?


たとえそんな時代であっても 命である以上生き続けなければならない。
押し寄せる不穏なエネルギーの中 時には息をひそめて耐えることもしなければならなかった。


今 災害に見舞われ 暗く冷たい日々を送らなければならない人たち
ものも言わずに 容赦なく襲ってくる悪魔が放つ攻撃の嵐に 
ものも言えずに じっと耐えている遠い国の人たち


正月を祝うことができる立場の人間に 例外なくできることは
”厳しい状況の人たちが 一刻も早く心穏やかな日々を送れますように・・・”
と ただただ祈る事だ。


人間は 目の前のことを楽しむ力を持っている。
そしてまた人間は 「祈る力」 も持っている。


目の前の日常を精いっぱい生き生きと生きる
そしてまた 静かな時間をとって不遇な状況に生きる人たちに心を寄せる
そして 祈る。


そうありたいものだ
と おふくろはしみじみ思っている。


そうなんだ なあ 物事には必ず始まりがあって終わりがあるんだ
戦争もしかり  
パンデミックもしかり
災害のあとの厳しい状況もしかり


人間には そこから立ち上がって前に向かって進んで行く力がある。
だから みんなで祈るんだ!


「今 ここ 共に生きているどうし」
なぁ。


今日 ここに来てくれた人たちにとって 来年が 生き生きと輝ける一年になりますように・・・
って オレ 祈っているぞ。


最後に 幼い魂や 弱い動物たちが 痛めつけられない世の中になりますように

弱いものを傷つけることで 自分を保たなければならない人間たちの心が

安らかになりますように 心から祈る


  

Posted by N子 at 09:04Comments(0)

2022年12月16日

弱くてかわいそうな人?

カウンセラーはクライアントに対して 「弱くてかわいそうな人」 という扱い方はしないんだ。


これは
「人間は本来自分の力で人生を生き抜いていく力を持っている」
という 人間に対して敬意を持った考え方を基本にしているからなんだなぁ。


相手に対して 
「弱くてかわいそうな人」 という見方をするということは
相手の尊厳を尊重していないことになる ということなんだ。


人間は誰でもその心の奥には 自分の力で自分を癒し 
自分の力で自分をコントロールし 自分の力で自分を幸せにする 
そしてそのことを周りの人と分かち合うことができる という大きな力を持っているんだなぁ。


幼いころは自分の力で人生を切り開くことはできないから 「弱くてかわいそうな人」 という立場を
とらざるを得ない場合も多くあるけれど 


厳しい環境を生き抜いてきて大人になった人間は もう 「弱くてかわいそうな人(被害者)」 ではない
過酷な環境を生き抜いてきた人 「サバイバー」 なんだな。


人間は 「セルフイメージ」 
というものにかなり影響を受けるものなんだ。


「自分はたくましい本質を持っていて 
力強く人生を生き抜いていく人間なんだ」

って 何度も何度も自分に言ってやれ!


繰り返し自分に言っているうちに 心がそれをキャッチして本当にそんな人間になっていくものだ。


人間は誰でもたくましさを秘めている!
なぁ?

そんな内容の話も 「生きづらい人へ・45(被害者意識について)」 で取り上げているんだなぁ。


最後に

幼い魂や 弱い動物たちが 痛めつけられない世の中になりますように

弱いものを傷つけることで 自分を保たなければならない人間たちの心が

安らかになりますように 心から祈る

  

Posted by N子 at 16:38Comments(0)カウンセリング

2022年12月05日

直観力


おふくろは 「生きづらい人へ」のほかに 「一人で頑張っている社長さんへ」
という動画も創っていてなぁ


これは 全部で11回のシリーズだったのだけれど
社長さんに向けてのメッセージを送り続けてきたんだなぁ。


その中で「直観力」という回があってな そこの初めの方にちょっとだけれど
オレのことを話しているんだなぁ。


この「ボクサー犬ジョー」のブログで おふくろがとっても支えてもらったっていうことを話しているんだなぁ。
それにここでの「直観力」の話は 社長さんに限ったことではなく 誰にとっても役に立つ内容だと思うんで



おふくろは 紹介したくなってしまったんだ。   一生懸命なおふくろを 感じてやってくれなぁ。
「一人で頑張っている社長さんへ・直観力」 ⇦⇦⇦これが動画のURLな。


「直観力」 っていうのは確かにあって 意識をすれば人生に取り入れられるんだなぁ。
最後に

幼い魂や 弱い動物たちが 痛めつけられない世の中になりますように

弱いものを傷つけることで 自分を保たなければならない人間たちの心が

安らかになりますように 心から祈る

  

Posted by N子 at 09:13Comments(0)カウンセリング

2022年11月26日

一仕事



おふくろは先日 一仕事を終えた。
「生きづらい人へ」という動画のシリーズが完了したからな。


全部で50回に及んだシリーズだったんだ。
おふくろがこれに取り組んだいる間は 常にそのことが頭から離れなかったんだなぁ。


一つ一つのテーマに どんな話をすればよいのか よーく考えていたものなぁ。
だから それが終わって今は一段落っていうところなんだ。
一仕事終わったなぁ ってな。


ただな このシリーズは気軽にみんなが観るようなテーマではないので 視聴回数というのはほとんど伸びていない。
限られた人たちにだけ届いている っていうところなんだなぁ。


それでも続けてこられたのは おふくろが自分の信念に従ってやってきたからなんだと思う。
周りの様子に振り回されない自分 というものが育ってきているからなんだと今のおふくろは考えているんだ。


昔のおふくろは ほとんどのことを途中で諦めていた。  どうしてだったんだろうなぁ?
きっと自分に重心が置けてなかったんだと思う。  周りに重心がありすぎて自分の中に焦点が当たってなかったんだと思う。


だから 周りの影響によって自分の行動が左右されていたんだと思う。
年齢を重ねてくるにしたがって 自分が何のために今を生きているのかが少しずつわかってきたのかもしれない。


それと 「自分に起こった出来事に大きな意味を見つける」という 「生きづらい人へ」のシリーズの中の話と
関連があるのかもしれないなぁ。


「生きづらい人へ」の後半には オレのフェルトのフィギュアも登場しているんだ。
おふくろが今の活動をするにあたって オレの存在は外せないものなぁ。


「生きづらい人へ・50」
なんか おふくろ自分ののことばかり話している感じなんだけど 時間があったら見てくれなぁ。


最後に

幼い魂や 弱い動物たちが 痛めつけられない世の中になりますように

弱いものを傷つけることで 自分を保たなければならない人間たちの心が

安らかになりますように 心から祈る

  

Posted by N子 at 12:11Comments(2)

2022年11月16日

心と体はつながっている


人間悲しいことがあると 自然に涙が出る
腹が立った時は 頭に血が上る


うれしいときは 自然に笑顔になる
楽しいときは 踊りたくなる


ほらな 心と体はつながっているだろう?
心の状態は そのまま体にも表れるんだなぁ


ところで この「心が体に影響を与える」っていう順番が 
逆の場合だってあるんだ。
「身体の状態が心に影響を与える」 っていうな そういう順番だってあるぞ


だってほら 嘘笑いでも笑っているうちになんとなく楽しい気持ちになってくることだってあるだろう?
「笑いヨガ」っていうのもそれだものな   「ガハハハッ・・・・」って笑っているうちに 
落ち込んでいた心が  なんだかうわむきになったりするものなぁ


頬の筋肉を上げるだけでNK細胞が増えるそうだ  NK細胞って 「ナチュラルキラー細胞」っていって 
がん細胞を攻撃してくれるという ありがたい細胞なんだなぁ 


頬の筋肉が上がると 脳は ”あ 今笑っている” と錯覚を起こすんだな  ”何かたのしいことがある・・・”  ってな  
特に楽しいことがなくても ちょっとだけ笑顔になっていれば NK細胞が増える  こりゃぁ やらないでいたらもったいないなぁ


よくスポーツ選手がルーティンと言って ここぞという時にある動作をする これも同じ 心と体がつながっているから 
一つの動作をすることによって その時必要な心の状態になることができるんだなぁ


一つの動作をしながらイメージを浮かべる 「やるぞ!」 というイメージ
それから 「リラックスした」イメージとかな
それを繰り返して動作とイメージを結び付けておくんだな  
それをいざという時に使うんだ


身体の動きが 心に変化をもたらすということ
なぁ? 心の状態が体に反映するばかりでなく 
体の状態が心に影響を与えることも十分あるってことなんだなぁ


おふくろは時々思い出し笑いをする 
おかしかったことをいくつか用意しておいて それを思い出しては笑うんだなぁ
時には 涙を流しながら笑うことだってあるんだなぁ


そういう時は ”NK細胞が増えているぞ” って考えるんだ
それからルーティンだって なにもスポーツ選手だけがやるものじゃぁない
スポーツ選手以外の人間にだって使えることだもの


自分なりのルーティンを考えて 生活に取り入れてみるのもいいかもしれないなぁ
人間 単純でいいんだ なぁ?


最後に

幼い魂や 弱い動物たちが 痛めつけられない世の中になりますように

弱いものを傷つけることで 自分を保たなければならない人間たちの心が

安らかになりますように 心から祈る





  

Posted by N子 at 22:47Comments(0)

2022年10月30日

自分に起こった出来事に大きな意味を見つける

おふくろは今 再び動画を撮っている。

「アダルトチルドレン」のシリーズの続きをな。


中でも 「自分に起こった出来事に大きな意味を見つける」
という話は かなり重要な内容だと思うんだ。


今の自分が過去の出来事をどうとらえるか 
それによって未来が決まってくるんだなぁ。

この話は 「アダルトチルドレン」 という人に限ったことではなく 
すべての人に通じる意味深い話だと思う。


今のところ そのことを知らせる手段は このブログとホームページからラインでつながった人たちだけにとどまっているんだなぁ。
だから ここに知らせておくぞ。
なぁ。


「生きづらい人へ・39」

最後に

幼い魂や 弱い動物たちが 痛めつけられない世の中になりますように

弱いものを傷つけることで 自分を保たなければならない人間たちの心が

安らかになりますように 心から祈る


  

Posted by N子 at 22:39Comments(0)

2022年10月22日

「怒り」の正体

おふくろは 今 「生きづらい人へ」 というタイトルで 「アダルトチルドレン」の動画のシリーズを撮っている。


「アダルトチルドレン・27」 でひと段落してしばらく休んでいたんだけれど
そろそろ続きを撮り始めているんだ。


「新しい人間関係を創るために」 という内容でな
主に コミュニケーションの力を上げていくための話をしているんだなぁ。


アダルトチルドレンの人に限らず 多くの人にとって
 「怒り」 の問題はやっかいな課題としてあるかもしれないなぁ。
「新しい人間関係を創るために」 という話では まず初めに「怒り」のことについて取り上げているんだ。


”最近 なんかイライラするんだけど・・・” とか ”自分でも抑えられないほど怒りが爆発する” なんて人がいるかもしれない。
「怒り」 は 「喜び」や「楽しみ」 「悲しみ」や「寂しさ」 などと同じ感情の一つなんだなぁ。


だけど その中でも「怒り」の感情は特殊でな ”ああ 頭にきた!” なんていう場合 
その陰に1次感情というものが隠れている場合が多いんだ。


自分が朝から晩までかかって精いっぱいやっているにもかかわらず 
「なに まだそんなことやっているの?」 なんて言われたとしたらどうだ?


”自分はこれでも精いっぱいやっているのに その言い方はないだろう!” って腹が立つんじゃないか?
自分の努力をわかってもらえていない という 「くやしさ」 の感情 それから 「むなしさ」 の感情なんかもあるかもしれない。


それが1次感情なんだなぁ。
そして 「怒り」 は2次感情というわけなんだ。


子どもが出かけたきり いつまでも帰って来なくて 
夜中に帰ってきたとしたら だいだいの親はこう言うだろう。
「こんな時間まで どこほっつき歩いていたんだ! いい加減にしろ!!」 ってな。


この 「怒り」 の感情の陰には 「心配」 の感情と それから
帰ってきたことへの 「安ど感」 という感情も含まれているかもしれないなぁ。
こんなふうに 「怒り」 の陰にはいろんな感情が隠れていることが多いんだなぁ。


その1次感情が 自分の心から出た本当の気持ちなんだ。
だから そんな 「怒り」の陰に隠れている感情 に向き合ってあげることで 「怒り」 の気持ちや 「イライラ」 が鎮まる
なんてことはよくあることなんだなぁ。


人の心とは なんと不思議で奥深いものなんだろうなぁ。
「生きづらい人へ・30」(怒りの正体)

最後に

幼い魂や 弱い動物たちが 痛めつけられない世の中になりますように

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安らかになりますように 心から祈る




  

Posted by N子 at 10:59Comments(0)カウンセリング

2022年10月10日

グリーフワーク

「グリーフワーク」ってな 失ったものに対して なげく作業のことなんだ。

多くの場合は 大切な人が死んでしまったことによる喪失感や深い悲しみを
なげくことによって 心を癒していくことにつなげていくんだなぁ。


おふくろは オレが死んだあと深い喪失感と悲しみに包まれて
いつまでもいつまでも そこから立ち上がれなかった。


だけど それを見かねたおやじがな オレが使っていたベッドやら 布団やら
その他のたくさんのものを おふくろが見ている前で全部燃やしてしまったんだ。


おふくろはそれを見ながら 声をあげて泣いたんだなぁ。
うんと辛かったんだものなぁ。


もう じっとしていられないほどつらくてなぁ
たまたま来た郵便配達の人に ”ジョーのものを燃やされてしまったぁ” って泣きながら言ったんだ。



ところが それがすっかり燃えてなくなってしまったらなぁ 
不思議なことに悲しみが少し和らいだんだ。


これは おふくろの親が死んだとき火葬場で 悲しくて悲しくて仕方がなかった時になぁ
骨になった親と対面したとき感じた感覚と 同じだったんだなぁ。


肉体がこの世からなくなってしまって 心に踏ん切りがついたということなんだろうか?
不思議なものだなぁ。


オレは 火葬ではなかったから おふくろの心はその場面での踏ん切りはつけられなかったのだろう。
だから オレに関係したものを処分したことで 同じ心の状態になったのかもしれないなぁ。


だからといって おふくろの心が完全に 喪失感とおさらばしたわけではなかった。
時間薬というけれど 時がたたなければ解放されない想いというものもあるものなぁ。


あの頃は カウンセリングを学ぶずっと前だったから
「グリーフワーク」 なんて知らなかったけれど


家族 特におやじとなぁ オレの話をたくさんたくさんしたものだった。
あれが 「グリーフワーク」 だったなぁと おふくろは今思うんだ。


それにあと一つ追加するとすれば 「手紙を書くこと」 だとおふくろは思っている。
オレに向けた手紙 オレに直接気持ちを書くっていうこと。


きっと あとからあとから気持ちが湧いてきて すごくたくさん書いたろうと思う。
それを全部書き出すんだなぁ。


おふくろ オレに対する気持ちは いやというほどおやじと話し合ったけれど
オレに直接書くことで おふくろの心はもっと解放されたろうと思うんだ。


もしも今 オレの立場と同じ相棒を亡くしてしまった人がいたとしたら 
ぜひやってみてほしい。


感情を外に出して・・・ (つまり泣いていいんだ)  
言いたいこと 言いたかったことを心から出してみな?


心が整理されて ずいぶん楽になると思うぞ。
「生きづらい人へ・15」(グリーフワーク)
この「グリーフワーク」 は生きづらい人に向けてのものだから 今日の話とはちょっと違うかもしれないけれど
興味があったなら のぞいてみてくれなぁ。


最後に

幼い魂や 弱い動物たちが 痛めつけられない世の中になりますように

弱いものを傷つけることで 自分を保たなければならない人間たちの心が

安らかになりますように 心から祈る


  

Posted by N子 at 15:28Comments(2)