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Posted by 株式会社 群馬webコミュニケーション at

2011年05月17日

死んだらどうなる・最終章

こういうことは 個人的な事でな 人に押し付けるものではないんだな。

母ちゃんが 子どもの頃に味わった そこはかとない不安感から抜け出るために 自分の半生を使って調べたり考えたりしたあげく ほぼ解決できたことを ただ伝えたいと思っただけなんだ。



人間が死んだ後 どういう過程をたどって向こう側へ行くのか っていうことを ここで語る必要はないと思うんだ。

ただ それについても たくさんの本を読んでみたんだけど 大方が同じ様な内容が書いてあった。

その中で一つだけ ここで語っておきたいことは 肉体から離れて魂だけになったとき それはそれは安らかな満ち足りた状態になる とあったんだ。

体や心が病んでいたものも そのことからすっかり解放されて 軽やかでこの上なく愛に満たされた幸福感でいっぱいになるんだと。

その世界には 相対するものはないから すべてが一体で一つなんだ。



一体 という安心感。

この上ない やすらぎ。

そのことが 母ちゃんにとって一番強烈に心に残っている。

今 自分たちがいる世界は 相対するものがあるから 「経験」 というものができる。

絶対の世界では 「経験」 は出来ない。

相手も周りもなく すべてが一体だからな。

人間は 栄光を体験するために ここにいる。

人間たちよ 栄光を体験するんだ。

ワクワクする 活き活きする 体験をするんだぞ。

どんな小さなことでも ワクワクしてみろ。

オレ 天国から見ているからな。

いつでも 見ているぞ。



さて・・・

なんと言うか・・・・

とうとう この日が来てしまった。

オレが死んだ後 父ちゃんが言った。

「一つの時代が 終わったな・・」

「楽しい犬だった・・・」

母ちゃん ずっと考えてきたんだけど やっぱり一区切りをつけることにしたんだ。

オレから離れて 日常のことを語ろうと思えば いくらでも話題はあると思うんだ。

だけど もしもそれをするなら この 「オレの語り」 の続きではなく まったく別のものとして 新たにブログを始めるべきだ・・・

そう 思ったんだ。



この 「オレの語り」 は ここで区切りをつけて 一つのものとして完結させる。

それが 一番いい と 思ったんだな。

ここに至るまでは さんざん考えて さんざん泣いたんだ。

この 1年8ヶ月の間のことを思うとな どうしても泣けてしまうんだ。

辛かったからではない 悲しかったからではない・・・・

今 アメブロでは まだ ポリスドッグシューズのことを知らないでいて くつしたで散歩をしていて 大変な時期のことをやっている。


そのときは 夢中でやっていたけど 今思い返してみると 胸の中がいっぱいだったのだと思う。

それを この語りにきてくれたみんなに 支えてもらった。

励ましてもらった。

そのおかげで その時期のことも幸せに感じながら過ごすことができた。

そのことを思うと 涙がこみ上げてくる。

北は北海道から 南は九州まで もちろん群馬県中から 海の向うはフランスからも 暖かい心を送り続けてもらった。

どれだけ深く 支えてもらったか・・・



母ちゃん 今 一人ひとりのハンドルネームを思い浮かべて ありがたさの思いを発している。

声は出さなくとも 心で応援してくれていた人たちも 大勢いた。

母ちゃんの 感謝の思いが みんなに届いているだろうか?

この 「オレの語り」 は 温かい心が流れていた。

今 母ちゃんは 「オレの語り」 をして 本当に良かったと思っている。



これからは この間言ったように オレの友達紹介をしていこうと思っている。

「ジョーのともだち」
http://jyonotomodati.gunmablog.net/

まず 事始めに ぽりさんのところのボビーの紹介をしようと思っている。

まだ 一区切りをつけようと決める前に ぽりさんには紹介することの了解をとっている。

母ちゃん できるだけ忠実に ぽりさんの話を再現しようと思って もらったメールやコメントの要点をメモに落としてみた。

それを読んでみたり 写真を見たりしているうちに そのことがとっても楽しくなってきたんだ。

詳しくは 友達紹介のコーナーで語るんだけど ボビーは病気を乗り越えて今を生きている。

他の友達もそうなんだけど 皆 それぞれが物語りになるような 小さな歴史を持っている。

母ちゃん それをみんなに紹介したい。



1年8ヶ月の間に聞いた友達の歴史と みんなとの温かい心の交流を 再び確認する意味でも そのことがしたい。

時間はかかると思うけど 大切に一人ひとりを紹介したい。

オレの この口調はそのままでな。

そして この語りが少しでも 犬や猫の介護をしているひとたちや 相棒を失ってしまった人たちの 役に立てればいいなぁ・・・

母ちゃん そう思っている。




記事総数     559
コメント総数   2428

ここに来てくれた みんな!

1年8ヶ月を 共に過ごしてくれて ありがとう!

またな~!!!
  

Posted by ジョー母 at 15:05Comments(22)

2011年05月11日

ばあちゃん


昨日 姉ちゃんがめいっこを迎えに来てな 今日は 甥っ子が来て 母ちゃんが子守をしたんだ。



寒かったので めいっこが小さい頃着ていた 赤いジャンパーを着せられているな。



母ちゃんと オレの墓参りに来てくれた。

今日みたいな寒い日に 水悪さをしてズボンをぬらして めいっこのズボンをはかされている。



似合うというか 似合わないというか・・・



当然のことながら ばあちゃんは 母ちゃんの姑だな。

今 89歳で 今年の誕生日には 90歳になるんだ。

母ちゃんが この家に来てからまる36年の付き合いになる。



スーパーばあちゃんでな いまだに電気の4輪車に乗って畑に行くんだ。

すごいぞなぁ。

だけど じいちゃんが死んでから だいぶ衰えてきたなぁ。

コタツにいることが 多くなってきているもの。

母ちゃん つくづく思うんだ。

自分にとって 切っても切れない間柄の人って 自分が持っていないものを持っているものだなぁ・・  とな。



特に 義理の間柄のばあちゃんは 母ちゃんとはまったく違う要素を持った人間なんだ。

言い換えれば 母ちゃんが育った家と 父ちゃんが育った家とでは まったく正反対の家風だったんだ。

その代表格が ばあちゃんなのかもしれないなぁ。

母ちゃん ばあちゃんには たくさん教わってきた。

うどん打ちや そば打ち そのほか田舎の料理を 知らず知らずのうちに教わってきた。

そして 一番大きなことが どんなことでも黙々と毎日続けることの 力強さ・・・ 尊さ・・・

そのことを 見せてもらった。



何でもすぐ あきらめてしまう母ちゃんからしてみると 逆立ちしてもまねできない と 思ってきた。

こりゃぁ こまったぞ と 思いながらきたんだけど あるとき 

”なにもまねをしなくてもいいんだ” と 思えたときがあってな それからは 自分流でいけばいいんだ と思うようになった。

そしたら 何だか自信が湧いてきて 気持ちも楽になったんだ。

そして今 母ちゃんも 物事を黙々と続けることの大きな力を感じている。

嫁と姑の仲だからな うまくいくときばかりじゃぁなかったけどな 36年も一つ屋根の下で暮らしていると お互い影響は与え合うことになるな。

そして この家を支えてきた同士としての思いは 共有しているんだ。

母ちゃんが この家に来たばかりの頃は 右も左もわからなくてな ばあちゃんにずい分面倒を見てもらったんだ。

母ちゃん 若かったし なーんにも知らなかったからな。



そして 今は 母ちゃんが そのときのばあちゃんの年齢に達して ばあちゃんの面倒を見る立場になってきた。

こうやって 共に暮らすことが いいか悪いかはわからない。

だけど 母ちゃんは この道を選んだんだ。

父ちゃんの意思にあわせた と 表面上は言えるかもしれないけど 結局は自分で選んでここにいるんだ。

誰のせいでもない。

それならば 36年もの長い間 自分の生きてきたこの場所が 自分にとって最高の環境だったと思いたいものな。

少しくらい熱があっても 家族のために 日々の暮らしを続けるために 黙々と業をこなす。

ばあちゃんは 母ちゃんが持ち合わせていなかった 大きなことを見せてくれた。

母ちゃんは 長い間の暮らしの中で そのことを知らず知らずのうちに習得してきた。

それぞれが育ってきた環境の違いを はじめは違和感を持って見ているものだけど 長い間には 自分にない見習うべきことがたくさんあることに 気づいて来るんだ。

そうやって 幅の広い人間になっていくんだろうな。



母ちゃんは そういう自分になれて 本当に良かったと思っている。

この家に来て じいちゃんとばあちゃんと暮らしてきたから 自分は良かった と思えるわけだ。

どっちがいいとか悪いとかじゃぁなくて 今の自分が完璧な状態なんだ という意味づけをすると 大切な人生を送っているという感覚を持って 生きて行くことが出来るぞ。

いつもばあちゃんのそばで寝ていたオレが死んで ばあちゃんは 

「何だか いやでさ・・・」

と 言っていた。

オレのことを ただ一人 「ジョーさん」 と 呼んでくれたばあちゃんは 今 衰えていく心細さを抱えているんだろうな。

鋼鉄のように思えた ばあちゃんの心も体も 老いていくことには逆らえないんだなぁ。

これからは そのことが 母ちゃんの正念場だな。

オレは いつでも 母ちゃんと共にいる。

母ちゃんの 力として 共にいる。


この次はいよいよ 「死んだらどうなる・最終章」 になるぞ。


またな!!!
  

Posted by ジョー母 at 23:09Comments(4)家族

2011年05月09日

「うんち見る?」

姉ちゃんは 自分の子どもであるめいっこに できる限りなんでも見せて育てている。

母ちゃんにしてみると えー? そんなものも見せるの?

っていうことが たくさんある。



まだオムツをしている小さい頃  

「あーちゃん うんち見る?」  と めいっこに聞いていたので 母ちゃん驚いたんだ。

自分が子育てをしている頃には 思いもつかない話だったからな。



そうに聞くと めいっこは  「うん・・」  と答えて 自分のうんこを見るんだ。

「いい色をしているねぇ・・・」

なんてな。

最近では 妹の出産に立ち会ったんだぞ。



分娩室へ一緒に入って 赤ん坊が産まれる瞬間をパパとママと共有したんだ。

母ちゃん ビデオを見せてもらってぶったまげた。

姉ちゃんが お産の瞬間のときには ベッドに上がりこんで 姉ちゃんの顔の横に陣取って その成り行きを見届けた。

「ママ がんばれ がんばれ!」   ってな。

静かに進んだ お産だったけど 何とも言えない感動を届けてくれるお産だった。

「いいお産だったねぇ・・・」

婦長さんの言葉が 耳に残った。

そして 一番最近に見せたことは オレの最期の瞬間だ。



母ちゃんが泣いていると

「ばあちゃん 大丈夫?  あーちゃんがついているから大丈夫だよ」

なんて言いながら 母ちゃんを気遣う心配りもしたんだ。

オレの最期のことについては まだよく理解できていない風なんだけど・・・

オレが死んだ次の日に 高崎に帰って間もなく大雨が降った。

空を見上げながら

「ジョーちゃん 雨が降っているから まだお星様になれないよね・・」

そのあと オレの墓参りをしながら



「ジョーちゃん もう そろそろお墓から出てくればいいのにね・・」

(ちょっとニュアンスが違うかもしれない・・・ けど 確かこんな内容だったと思う)

オレが 9歳の頃からの3年間の付き合いだから けっこう親密な付き合いだった。

いろんなものを見せるってことが いいかどうかではないんだな。

見せれば見せたで 小さいうちはフォローが必要だものな。



自分の排泄物を見せる っていうことは いろんな意味があることになるな。

見せることによって 自分の健康管理につながることになるものな。 

そして 排泄物だろうが何だろうがよく観察する事で 人のものも含めて自分の体から出る当たり前のものとして うんこというものを自覚する。

このことは ずい分大きな意味があるような気がするんだ。

生死に立ち会う ということも同じだな。



特に お産に立ちあったときは 地震の次の日だったから そのショックもあったので 3歳の子どもが受ける出来事としてはどれほどのものだったか・・・・

母ちゃん そうも思ったけど めいっこは 立派に通り過ぎた。

どんなことでもできる限りわかるように 丁寧に説明する姉ちゃんだから 母ちゃん 心配はしていなかったけど

及ばずながら 一生懸命フォローはしたぞ。

そして今めいっこは 妹の誕生でママを独り占めできなくなってしまった。

妹のことは大切なんだけど ・・・

兄ちゃん 姉ちゃんの立場であれば 誰もが通る道だな。

めいっこも 今 その立場を受け入れている段階なんだ。

父ちゃんと母ちゃんに大事にされて 昨日からオレの家に泊まっている。

自分から言い出してな。

いろいろなカラーの人間と接する事で 子どもの幅が広がっていくんだろうな。

とにかく 母ちゃんには考えもつかない姉ちゃんの子育てなんでな みんなに話したかったんだ。




ばあちゃん 姉さんかぶりが取れてるぞ! 


小さな子どものいるママたち 子育ては大変だな。

姉ちゃんだって 怒ったり 一緒に遊んだり 試行錯誤の毎日だ。

だけど 限られた期間の創作活動だ。

がんばれな!



これは 草むしりを 手伝っているんだな。

今日は 母ちゃんが 兄ちゃんの家に連れて行って 甥っ子と一緒に遊ばせたんだ。



これ 二人がちょっと険悪なムードのとき。

一緒に遊べることが うれしいくせに すぐけんかをする。




オレの語りの一区切りについて 実際の所どういう風になるのか母ちゃんにもわからないんだな。

オレが死んでしまうまでは なくてはならなかったものだった。

オレとの暮らしが 何倍にも大切で幸せなものになるのに 必要なものだった。

だけど オレがいなくなってしまってから その柱がなくなってしまった感じなのかなぁ。

語りのどんな内容も ふ抜けたものに感じてしまうんだ。


少し 様子を見ながら行ってみようと思っている。

この先 語りたいときに語る ということができるかどうか な。

人間の心というものは めんどうくさいものだなぁ。

やってみなければ 自分でもわからないというんだからなぁ。

あと一つ ばあちゃんについて語ろうと思っている。

このつぎな。


またな!!!
  

Posted by ジョー母 at 17:11Comments(2)家族

2011年05月07日

一輪車

今日は 連休中に来た 東京の兄ちゃん親子が 一輪車の練習をした様子を話したいと思うんだ。

めいっこ姉妹。



姉ちゃんのほうは 何メートルか進める程度で 妹のほうは まったく進めない状態で練習に入った。

間もなく 姉ちゃんは庭を何週もできるほど 上達したぞ。



妹も 数メートル進めるようになった。

おかしかったのが 兄ちゃんの一輪車乗り。

母ちゃん 家の中から見ていて おかしくて・・・



その後姿を 連写してしまったんだ。



兄ちゃんの子どもである めいっこは

「あのねぇ パパがねぇ きんたまが痛い・・・  って言いながら 乗ったんだよ・・」

なんて言うんだ。



後で聞いたら 「子供用の一輪車だから 乗りずらくて」 ということだった。

まったく おかしい話が 山盛りだった。



夜は 東京の兄ちゃんファミリーと その友達夫婦。

それに すぐ上の兄ちゃんファミリーや その友達ファミリー と 大勢集まって 飲み会 食事会をしたんだ。

楽しかったろうなぁ。





それから 「あのな・・」 について 温かいコメントをありがとう。

実を言うと 母ちゃん 昨日は午前中ずっと泣いていたんだ。

一区切りが 寂しくってなぁ。

宗次朗のオカリナのCDを聞きながら (今では このCDがオレのテーマ曲みたいになっている) 一人で泣いていた。



オレの語りに来てくれている人たちのハンドルネームを 思い浮かべて ずっと応援してくれてきたことへの 感謝の気持ちが湧いてきてな ありがたさに胸がいっぱいになったんだ。

みんながいてくれたから オレも母ちゃんもこの1年8ヶ月を 乗り越えることが出来た。

うそじゃない。

この語りの場がなかったら もう介護の時点でくずれていたかもしれない。



母ちゃんが オレに対して 悔いのない介護が出来たのも 大往生で送ることが出来たのも 喪失感から解放されたのも みんな この場所へ来てくれた人達の 温かい応援のお陰だ。

何度も言うけど 何の気なしにはじめたこのブログが これほどの力を持つことになるとは まったくもって 思いもしなかったんだ。

母ちゃんにとって すごいぞ この力。



あのな 振り返ってみると この1年8ヶ月は思った以上に重い期間だった。

父ちゃんと母ちゃんにとって 特に母ちゃんにとって 必死で過ごしてきた日々だった。

毎日すがるように この語りの場に向かっていた。

生活の一部になってしまっていた。

だから それから脱却したいんだと思うんだ。



「あのな・・」 を語った時点では わからなかったんだけど 母ちゃんの中でのこの語りの占める割合を 少なくしたいと思ったんだと思う。

だけど そのことがとてつもなく辛いことになってきている。

そもそも それがおかしいものな。

ここいらで そのパターンを変えたいと思ったんだな。

だから 一区切り という表現をしたんだ。



どうも・・・・  長くなってしまう。

続きは 今度。

姉ちゃんの 子育てについて語ろうと思っているんだけど そのときにでも 続きを語るかな・・・



またな!!!
  

Posted by ジョー母 at 23:05Comments(2)家族

2011年05月05日

あのな・・

あのな 母ちゃんな いろいろ考えているんだぞ。

オレの語り おととしの9月からはじめて もうすぐ1年と8か月がたつ。

それは オレが衰え始めてからの記録のようなものになってしまった。



「母ちゃんの言葉」 のときに語ったように オレの介護と オレとの別れ そしてそれを乗り越えるために なくてはならない 「オレの語り」 だった。

オレも母ちゃんも 本当に助けられた。

この語りの場は オレと母ちゃんの宝物だ。

オレが死んでから 母ちゃんの苦しさ 悲しさ 寂しさを 包んでくれた。

ありがたかった・・・



おかげで 母ちゃんが オレと別れた後の喪失感から 解放されてきた。

今でも いろいろ思い出しては泣いたりしているけれど もう 以前の涙とは明らかに違ってきている。

もう 大丈夫だ。

そんな中 今後のことを何となく考え始めていたんだけど 今日 ふっと頭に浮かんだ。

このパターンの 「オレの語り」 は そろそろ終わりにしよう・・・

とな。



母ちゃんの 乗り越えるシリーズが一段落してきたら どうも 視点があいまいになってきてな この先 何を発信していけばよいか はっきりしないんだな。

これからは ずっとできなかった 朗読奉仕を始めたり 畑仕事にも少し精を出す予定だから そのことを発信するかな・・・

なんて 思っていたのだけど なんだかどうも いま一つしっくり来なくてな 今までのようなスタイルの 「オレの語り」 は 一度終わりにしよう と 思ったんだ。


「死んだらどうなる」 は いつかは語ろうと思ってきた話だから これはいいんだけど 

今までのように オレのことをオレの視点で語る という 明確な方向性がなくなってしまった今 何を基盤に語ればいいのかはっきりしないんだな。

オレが死んだあと 甥っ子 めいっこ 赤ん坊が来たり 施設のばあちゃんのところに行ったりしたんだけど 今までみたいに逐一報告もしなかったし あまり写真も撮っていない。



(最近来た 赤ん坊の写真を 2枚ばかり撮ってあったな。

上のが つい最近のもの。

下のが 生まれた後オレの家に来ていた頃のものだ。



これから見ると 上の写真のほうが だいぶしっかりしてきているな。)



ポンポンと はずむようにあふれ出てきたことばも どうも この頃は滞っているみたいだ。

どうしてそうなのか 今のところはわからないんだけど 自分の気持ちに忠実になってみようと思っている。



ずーっと支えだった この語りの場。

楽しかったり うれしかったり 辛かったり 悲しかったり・・・・

一つ残らず この場で話してきた。

そして 温かいコメントに・・ 声こそ出さないけど暖かい心に・・ どんなに勇気付けられたかしれない。

今思うと オレも母ちゃんも 必死だったから 本気でこの語りの場に向かっていた。

オレと母ちゃんには それしか道がなかったのかもしれない。



本当に大切な この語りの場だった。

一区切りのとき だと思うと 泣けてしょうがない。

寂しくて 仕方がない。

それならば どんなことでも続ければいいのに と 思うかもしれない。

でも もう 気力が落ちた状態で語ることは出来ない。

それが 母ちゃんのスタイルなんだ。

だけど アメブロには 転写を続けていく。

今 壮絶な散歩のところをやっている。



足の甲が 血だらけになっていた頃のこと。

あんなこともあったのだなぁ・・・

なんて思いながら アメブロに載せている。

これは オレの最期までを載せていくつもりだ。

気が向いたら 見てくれな。
http://ameblo.jp/88811007/
  



あと 二つ三つ 語りたいことがあるので それを語った後 「死んだらどうなる」 の 最終章を語って 一区切りつけようと思う。

それからは オレの友達紹介 という形で 時々語りたいと思っている。

オレも 母ちゃんも 人間や動物が大好きだ。

この語りでも たくさんの友達ができた。

オレにも 母ちゃんにもな。

その 出会いと暮らしの物語も ずいぶん聞かせてもらったんだ。

その話は とっても楽しかった。

犬や 猫や インコ ハムスターまでいたなぁ。



そんな オレの友達と母ちゃんの友達との暮らしを 紹介したいと思っている。

動物と暮らしている人たちに お願いだ。

どうか ぜひ 母ちゃんに写真とともに 物語を教えてくれないか。

今までに物語を話してくれた人も たくさんいた。

そんな話を紹介できたらいいなぁ。

もしよかったら 改めて話してくれないか。

初めて話してくれてもいいぞ。

メッセージでもメールでも使って 送ってくれ。

この場を そんな 紹介の場にしたいんだ。

ブログを開設している人も していない人も関係なく 発信したいと思ったら 送ってくれ。

待っているぞ!


またな!!!
  

Posted by ジョー母 at 23:07Comments(19)思うこと

2011年05月04日

続・死んだらどうなる

知っての通り 母ちゃんは 還暦間近のただのおばさんだ。

だから 知りたいことは調べるしかない。

本や 人の話を聞いてな。



調べる時の基準は   ”これを言っている人は 誠実だろうか・・・”

ということで 読み方 聞き方を決めている。

書いている 話している 人間で 判断した。

文章や語り口で 誠心誠意で話しているかどうか 判断した。

大丈夫 と思ったら まずは信用して 読んだり聞いたりした。

そして 新しいことが目の前に現れた時は 一つのことを思いながら目を向けた。



その 一つのこととは 若いころ読んだ本に書かれてあったことだ。

1次元 2次元 3次元 それから多次元について 書かれていた本でな 難しそうだけどそうでもないんだ。



人間やオレたちがいる この3次元の空間にあるものは 面や 線を 認識できるな。

2次元と言われる面のことを 思い描けるな。

1次元の線のことも 理解できるものな。

だけどもしも 4次元の世界 というものがあったとしたら オレたちには理解できない。

それ以上の 多次元の世界についても なおさら理解不能だな。

また 線の世界にいたとしたら 面のことは理解できない。

面の世界からは 空間のことは理解できない。 

今 自分がいる世界から見えるものしか 物事を見ることができない。

だけど その世界だけしかない と 考えていれば 話はそれで終わりだな。

母ちゃんは 未知の世界のこと知りたいわけだ。



だから 「自分の5感で確かめられないことは 受け入れない」 という考え方をしないようにしたんだ。

そういうとらえ方で 人の話や本を読んだんだ。

ただのおばさんとしては かなりの量の本を読んだと思う。

だって 母ちゃんの一生の課題と言ってもいいくらいの ことだったからな。



丹波哲郎も 何冊も読んだ。

そのほかに 外国の人が書いた本も たくさん読んだ。

日本人の大学教授が書いた 論文を本にしたものも全シリーズ読んだ。

とにかく 知りたいことだったから 苦ではなかったな。

そして 母ちゃんのベースになっている本にも そのことが書いてあった。

そうやって 頭の中が出来上がっていったんだ。



もう ずいぶん前に 読んだ本の中に 人間の不安感の究極は 死への不安から来ている・・・・

と 書いてあった。

母ちゃんは なるほどなぁ と 思ったものだ。

だから ○○教 という宗教が存在するんだ。

生き死にに踏み込んで 物事を考えて 本当の安らぎを手に入れるために。

それは 個人で確立したものでも同じことだと思うんだ。

死ぬことに対しての認識を 自分で作り上げたとしたら それも立派な信仰だ。

母ちゃん 死んだ後のことについて書いてある本を 繰返し繰返し読んだおかげで 体の中に出来上がってきたんだ。

死んだらどうなるか ということがな。

みな 誠実で 押し付けがましくない本だった。



知らぬ間に 肉体が終わっても 意識 魂 エッセンス というようなものが残り続ける と 感じるようになってきたんだ。

自分で 自分に 暗示をかけたようなものだな。

世の中に 暗示が働いていることは たくさんあるぞ。

コマーシャルなんか 同じ宣伝文句を繰返し 音楽と映像とキャッチコピーで伝えているな。

こういうことも 暗示と言えると思うぞ。

とにかく 母ちゃんは 死んだらどうなるか という自分の課題を 長い間かかって調べて 取り入れた。 

それを 繰り返し頭と体に入れることによって 自分のものにしたんだな。



死んでみなければ わからないことには相違ないんだけど あの 子供時代の訳のわからない不安感からは きれいさっぱり解放されたんだ。

そして 暗示によって 自分で取り入れた情報が 確信となってきたんだ。

それによって 様々なことに対する考え方が 楽になって来たぞ。


ほれ また 長くなってしまった。

今日は この辺でな。

またな!!!
  

Posted by ジョー母 at 01:02Comments(2)

2011年05月01日

死んだらどうなる

今日の語りは 母ちゃんが いつかは語ることになるんだろうな と 何となく思っていたことなんだ。

その いつかは 今日になった。



オレの介護をしているころは そのことに忙殺されていて 母ちゃんの頭の中は 物事を整理する ということができなかった。

考え方も 実際の物もだな。

ところが オレが死んでから 時間と共に変化してきた。

幾日か前までは そんな余裕はなかったけれど 最近は整理をすることに明け暮れている。

だから こんなものや



こんなもの




そして こんなものが見つかったんだ。



狂犬病の予防注射の案内の葉書。

この葉書が来たとき 父ちゃんも母ちゃんも

「今年は ジョーは 注射は無理だな・・・・」

なんて言っていた。 

本当に 必要なくなってしまったな。





頭の中も いろいろなことを 思い巡らすようになってきた。

どうも 一つ 乗り越えたみたいだな。

オレの過去を アメブロで再体験する というリハビリも効果があったと思う。

オレが母ちゃんのそばにいる と言うより 母ちゃんの中にオレが入っている という感じがしている。

母ちゃんと 同化している と いう感じかな。

だから 母ちゃんの胸の中が いつも温かい気がするんだ。

よかったぞ。





そこで 今日の本題に入るぞ。

母ちゃんは 物心ついた頃から  ”人間は 死んだらどうなるのか・・” という疑問を持ち始め 大きくなるに連れて それは膨らんでいったんだ。

まだ小学校に入ったばかりの頃だったと思う。

母ちゃんの家は いつも両親が家にいて仕事をしていた。

それが たまに 二人とも家にいないことがあってな 妹たちがいたかどうか思い出せないんだけど 母ちゃんの記憶の中では 母ちゃんが一人ぼっちだったんだな。

そんなときは 死 というものを考えてしまって どうにもならないほどの孤独感と不安感にさいなまれて じっとしていられなかった。



家の中を 泣きながら歩き回っていたなぁ。

親を待ちわびてな。

あの 薄暗くなった家の中の 静まり返った空気感は忘れられない。

それは 1度だけではなく 何度かあった気がする。

どうして ”死んだらどうなるか” 考えるようになったのかは わからないんだ。

だけど それ以後 母ちゃんの課題として ずっと探求することになったんだ。

幼い頃は そういう疑問は 親に聞くしかないんでな 両親に聞いてみた。



母ちゃんの父ちゃんは  「父ちゃんは 人間が死んだら 何も残らないと思うよ」

と 自分の意見を言ってくれた。

母ちゃんの母ちゃん 今の施設のばあちゃんは 「そういうことは 死んで見なければわからない」

と 言ったと思うんだ。

母ちゃんとしては そのときはそう聞いたけど それでは納得できなかったんだな。

だけど そのまま 疑問を持ち続けて大人になった。



父ちゃんと結婚してから いろいろな本を読んでみたんだ。

母ちゃんにも そういう 本を読むことが出来る時代が あったんだな。

長くなってきたので 今日は この辺で終わりにするけど 

母ちゃんは 最終的に 人間も動物も 魂と呼ばれるもの 言い換えれば エッセンスとでも言うようなものが残る 

という結論に達したんだ。



母ちゃん どこの宗教にも属していないぞ。

いわゆる 霊感 というものも 持ち合わせていない。

だけど そう 結論付けたんだ。

続きは この次 な。 

今日は またな!!!
  

Posted by ジョー母 at 22:36Comments(4)

2011年04月29日

ジョーちゃん お母さんを見ててね


昨日と ほぼ同じ時間の種たち。



大根だけ すごい剣幕で成長しているな。



ほら こんなにたくさん。



何だか・・・
泣けてくるな。

けなげでな・・・



昨日 甲斐犬のモモと暮らしている 母ちゃんの百姓の師匠の奥さんが オレの墓参りに来てくれた。



左のはしに クレマチス。

ちゃんと ついたな。

母ちゃん 今朝 墓の前でつぶやいた。

「ジョーちゃん  お母さんを見ていてね・・」

「いつも そばで 見ていてね」



何だか オレが 母ちゃんの中に しっかり入ったような気がした。

母ちゃん 何だか・・ 心の中が 今までと 少し違ってきたような気がした。

母ちゃん 何だか・・ とっても 心強く感じた。

よかったぞ。


そのあと 父ちゃんと畑に行って 人参と 残った大根の種を植えたんだ。



父ちゃんが 機械で肥やしを運んで トラクターで土と混ぜ合わせた。



そしたらな こんなものがいたんだ。

何だかわかるかな?

「何これ!  大きい虫!」

白くて 太くて 動いていた。

伸ばせば 10センチくらいはあるぞ。

母ちゃん はじめてみたのでびっくりして 父ちゃんに聞いた。

「あれ?  カブトムシの幼虫だ」

「これは 肥やしの中に戻しておいてやらないと トラクターでイチコロになっちゃうな」 

二人で 畑を見直して 5つも見つけた。 

それを 拾って肥やしの中に入れて 家に持ってきた。

それでも 残っていたらしく カラスが飛んできて くわえて また どこかに飛んでいってしまった。

したたかな カラス。

お昼は 地べたにすわって おむすびを食べた。



おいしかったなぁ。


家に帰ってきて ふっと 車の後ろの席に目をやったら



オレを乗せたとき 敷いていた おしっこ用のシートが いまだに敷いてあった。

母ちゃん 一瞬 胸が キューッとなった。

でも このことは これで卒業だな。

これからは これを見ても 大丈夫になるだろう。


またな!!!

  

Posted by ジョー母 at 16:55Comments(4)乗り越える

2011年04月28日

温度差

今日の本題の前に これを見てくれ!

25日の月曜日に植えた 大根だぞ。



緑色の 小さいのが見えるか?

一番上の段に 二つと 上から4段目に 二つ。

今朝は 出ていなかったんだ。



午後 美容院から帰ったら こんなふうに土の中から 顔を出していた。

この 小さな粒から 出たんだぞ・・・



すごいなぁ。


さて 本題だ。

オレの家 とうとう 地デジ対応のテレビが入った。

周り中入れ替えていて この辺でも入れ替えてないのは オレの家くらいだったかもしれない。



父ちゃんも母ちゃんも こういうことは慌てないんだ。

昨日 初めてフルハイビジョンの画面を見て みんなびっくりしていた。

大きくて きれいな画面なんでな。



母ちゃんが

「ジョーは 見ないで逝っちゃったね・・」

父ちゃん

「何を?」

母ちゃん

「新しいテレビをさ・・」

父ちゃん

「・・・・・・・」



父ちゃんは しばらく前から 仕事が忙しくなったり 選挙の騒ぎがあったり 田んぼの準備があったりしてな オレのことを思い出す余裕がなかったんだ。

そのあと 二人で庭を歩いていて オレの墓の前に来た。

「お父さん  もう ジョーの墓の前を素通りするん?」

「そんなことないよ 昨日も線香をあげたよ」

「そうだったんだ・・」

「だけど 思い出すことが ずい分少なくなったなぁ・・」

「そのほうが 楽でいいや・・」




父ちゃんと母ちゃんでは オレへの接し方も違っていたしな 男と女の感性の違いもあるんだろうな。

それに いつも家にいる母ちゃんと 一日中外で何かしている父ちゃんとでは 温度差があるのは 仕方のないことだな。




それでも 母ちゃんは 今日 美容院へ行ってきた。

もう 長い間 伸ばし放題の髪の毛だったんだ。

でも 髪を気にする気持ちになれなくてな 母ちゃん得意の 後ろ一本しばりでしのいできたんだ。

だけど 今朝 急に 髪をいじる気になったんだな。



美容院は 実に 半年振りに行ったんだ。

久しぶりに行ったものだから 先生と つばきを飛ばす勢いで しゃべってきたんだ。

先生は オレの語りを 時々見ていてくれたと言っていた。

うれしいな。

母ちゃん おかげで 女っぷりもあがってな いい気分で帰ってきた。

このことは 母ちゃんがだいぶ立ち直ってきた証と 言えるかもしれないな。

よかったぞ。

またな!!!
  

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2011年04月27日

ちょっとしたこと

母ちゃん 今日 久々におかずを買いに出かけたんだ。

やっぱり ぽーっとしたまま買い物をしたんだな。



レジの所に行くと お客さんの女の人に レジ係の中年の人が話しかけていた。

「いつも たくさん買ってくださるので 家族が多いのかなぁ・・  と 思っていたんです」

「そんなにたくさんの家族の食事の支度 大変ですよねぇ」

「作ったものを よく食べてもらえることは 張り合いがいいでしょうけど・・」

なるほど そのお客さんの買い物の量は 半端じゃなかった。

肉のパック 大きいのが10パックくらい カゴに入っているのが 母ちゃんの目に飛び込んできた。



お客さんの女の人は

「そう みんな食べてくれるから 張り合いはいいですね」

「でも 大変ですよ・・」



母ちゃん 隣の列で聞いていて 小学生くらいの男の子を連れた そのお客さんの人を励ましたくなっちゃったんだ。

”私も あなたくらいの年のころは 3世代7人の食事を作っていたけど 今 この歳になったら わずか3人の食事の支度になってしまいました。”

”今は大変だろうけど いつかきっと そのときのことをなつかしく思うときが来ますよ・・・”

声に出しては言わなかったけど 心の中でそう言いながら その人のほうをじっと見ていた。

その人も 母ちゃんのほうを しっかり見ていた。



何だか 通じているのかな?

なんて思っていたら 母ちゃんのレジを打っていた人が さっきの中年の 先輩らしきレジの人に向かって

「ねぇ・・   ちょっとこれ見てぇ・・   これじゃぁちょっとねぇ・・」

なんて言ってるんだ。



母ちゃん 自分の買い物に 何事が起きたのかと思って 今度は その成り行きを確認することに 専念したんだ。

そうしたところがな 今夜のおかずに買った マグロのぶつのパックが 同じ値段なのに入っている量がぜんぜん違う・・・

という 内容だった。

なるほど 見てみたら 行って来るほど違うんだ。

母ちゃん いまだにぽーっとして買い物してるんだな。



先輩のレジの人は

「あらぁ そりゃぁひどいね・・   100円値引きしてあげて 差がありすぎるもの・・」

「私なら 怒っちゃうよ  冗談じゃない  ってね」

母ちゃんは 

「なるほど 言われてみれば だいぶ違いますね・・   どうもありがとうございます」

なんて ことだったんだ。



そして 再び さっきのお客さんに目を移した。

男の子に手伝ってもらって 袋に入れ終わったその人は 母ちゃんのほうを見て微笑みかけてきた。

母ちゃんも 思わず微笑み返した。

しっかり目を見て   ”がんばれ・・・”   ってな。



レジの人たちの対応も 普通 あまりないことだと思う。

だまって レジを通して終わりだろう。

また お客さんの女の人との 心の会話。

これも あまり ないことだろうな。

ちょっとした 今日の出来事。

予定を変えて 今日は このことをオレに語らせたくなった 母ちゃんだったんだ。


またな!!!
  

Posted by ジョー母 at 16:44Comments(2)日常

2011年04月25日

種まき

先輩たちが 言ってくれた。

「言ったり来たりが リハビリなんです」

わかってはいても そう言ってもらえると 母ちゃん 安心する。

昨日は またまた オレの散歩グッズが出てきたぞ。



うんこをとる道具を一式入れて 母ちゃんが 腰に巻いて歩いた 散歩用の入れ物。

熊よけ用の 鐘と笛がセットになっているグッズ。

この鐘は チリンチリン と 大きくていい音がするんだぞ。

山を歩くときは 必需品だった。

母ちゃん コートほどグッとは来なかったけど・・・・    でも 切なく なつかしい・・・

これも やっぱり またもとの所へ そっとしまっておいた。



さて 種まきなんだけど 小さいポットで苗を起こすんだ。



まだ 野菜を育てて今年が3年目なんだな。

だけど 種を植えるのは 今年が初めて。

2年間は 姉ちゃんが めいっこと二人で ワイワイ言いながら植えたんだ。

ジャガイモは 去年からだから 2年目のはずだった。

だけど オレの騒ぎで 今年は植えなかったんだ。

まず 一番最初に スイカの種。



母ちゃん はじめて見る。

これがそう・・・・    スイカの絵の左上にある ほくろみたいなやつ。



ポットに 一つづつ種を置いて また 土をかぶせておく。

次は なす



その次は トマト 

  


大根 

   


キュウリ。



人参は あまりにも細かくて ゴミみたいなので 畑にじかに蒔くつもり。

そしたら 近所の先輩に 大根は苗は作らないよ・・・

と 言われてしまった。

母ちゃんも どうもそうかもしれないな・・・   と 思ってはいたんだけど

「あぁ そうなんだ。 でも 私は苗にするんだよ」

なんてな 答えたんだ。

強情 だな。

さてさて ちゃんと命が顔を出すかな?


そんなわけなんだ。

またな!!!
  

Posted by ジョー母 at 16:16Comments(4)

2011年04月24日

やっぱり寂しい

母ちゃんな 昨日 希望の事始めだ なんて言ったばかりなのに やっぱりな 寂しいんだ。

いい調子で いたのに・・・・


(奥さんが 植えてくれた花たちも しっかり根付いたぞ。)

母ちゃん 毎朝 オレの墓の前に立つ。

昨日の朝も 線香を携えて オレの墓の前に立った。

「ジョーちゃん・・・」

声に出して呼んでみる。

そうすると 急に寂しくなるんだ。

と 思ったとたん 横のほうで白い細かいものが舞った。



母ちゃん びっくりしてそっちのほうを見た。

白い 細かいものは プラムの木に咲いた 花びらだった。

一瞬 風に吹かれて 花びらたちが踊ったんだ。

母ちゃん とっさに それはオレだと思った。

オレが 母ちゃんを 慰めているんだと思った。



プラムの木のそばに行って 土手を見下ろしてみた。

これが オレが 矢のように駆け降りた土手なんだ。

下に 1本道があるんだけどわかるかな?

その道のあたりに オレがいるんじゃないかと思ったんだな。



花びらたちの踊りは すぐに終わって 地べたに収まってしまった。

そのあと オレが 母ちゃんのほっぺを ペロペロなめた。

元気なころに よくやったようにな。

ほっぺの次は 鼻の頭。

ペロペロ なめた。

母ちゃん それも よーくわかったんだ。

母ちゃん うれしくなった。

その勢いで 種を植えたんだ。



オレが元気なころ トイレに行く母ちゃんの後を追って トイレの入り口まで よーく行ったんだ。

トイレの外で足音が聞こえるので 母ちゃんが あれこれ話しかけてくる。

外に出てみると オレはすでにそこにはいない・・・・

一人でしゃべっていた   なんてことが よくあったんだ。

今 母ちゃんが トイレに入っていると ツッツッツッツッ という 縁側を歩くオレの足音が聞こえるような気がするんだ。

「ジョーちゃん・・・」

呼んでみては 泣いている。




夜 風呂に入っているとき 洗い場をながめる。

 

オレが動けなくなってしまってから 母ちゃんがオレをつるして洗い場に連れてきて シャンプーしたことなんかを思い出す。

切なく なつかしく 寂しいんだな。

「ジョーちゃーん・・・」

一人のときは オレがいないことを思い知らされてな 寂しいんだ。



まったく・・・  先輩達はこの寂しさを通り過ぎてきたんだな。

まだ・・・  しばらく 続くんだろうな。

この寂しさ 手ごわいな。

母ちゃん こんなふうに行ったり来たりしているんだ。

みんな 母ちゃんを 頼むぞ!


またな!!!
  

Posted by ジョー母 at 23:01Comments(14)乗り越える

2011年04月23日

希望



あのな 母ちゃん いろんな胸を借りることになったぞ。

薄っぺらい胸元 豊満?な胸元 ふくよかな下っ腹・・・  貸してくれるって 申し出があったんだ。

ありがたいなぁ。

何だか・・・    貸してくれる申し出をしてくれた人 二人は 被災地の人。

母ちゃん 逆に 励まされているのか・・・・・?

前にも語った 愛の心のやりとり http://jyokaisou.gunmablog.net/e162908.html  が
成立しているんだろうな。

「心のやりとり」  この語りは 3月28日の語り。

調べてみたら オレが死ぬ8日前に語った話だったんだなぁ。



改めて申し出はしなくても 胸や腹を貸してくれる人が ずいぶんいるんだろうなぁ。

もしかしたら 胸毛をたくわえた胸板も 借りているのかもしれないなぁ。

そう考えると ありがたいなぁ・・・・  だけど面白いなぁ・・・。

だんだんの  妹は こんな素敵なスカーフとともに 暖かい心を乗せた手紙を送ってくれた。



春だから 春らしいこのスカーフをして 出かけるように・・・  って。

いつか さっそうと 母ちゃんが このスカーフをして出かけるんだろうな。



これ 何だかわかるかな?



デジタル録音機と マイクと ヘッドフォン。

これで 本を朗読して カードに録音して 視覚障害の人達に聞いてもらうんだ。

母ちゃん そろそろ 機械の使い方を練習しようと思い始めている。

まだ 相変わらず 外に出かける気分にならないんだけれど これなら 家でできるからな。



あのな 母ちゃん オレと暮らしてきた12年の間 外に出かけることを控えてきたんだ。

どうも オレを置いて出かけたくなかったんでな。

その習慣が 出不精なくせを作ってしまったかもしれないなぁ。

特に 不都合は感じないんで 自然に任せようと思っているんだ。

それからな あいた時間は だいぶ増えたわけなんだ。

オレにかかわっていた時間は かなり多かったものなぁ。


だから 今日は いろいろな種をまいたんだ。



毎年 遅れをとっていた 野菜の植え付け。

今年は いつもの年より早いと思う。

どうなるかは わからないけど できる限り詳しく おれの語りで紹介したい。

種まきの様子は またの機会に語るとするぞ。



「朗読奉仕」      

自分のエネルギーを 誰かのために 心を込めて形にする 贈りものだ。

そして それ以上の心のエネルギーを 受け取る。

「野菜の種まき」

新しい命の 仕込みをする。

いずれ その命の恵みを 受け取る。

両方とも 広がっていく。

形も 心も 時間もな。

希望の 事始めだな。

どっちにしろ オレも 母ちゃんと共に 行動しているぞ。


またな!!!
  

Posted by ジョー母 at 18:07Comments(2)乗り越える

2011年04月22日

胸を借りる

他人の泣き言も 1度や2度なら聞いてもやれるけど 3度4度と同じ様な泣き言を聞かされると 嫌気がさしてくるものだ。

どうしてかというと 泣き言を言っている人間が 向上心がない と 見受けられるからだな。



泣き言にもいろいろあってな いつもいつも同じ所をグルグル回っている種類の泣き言とな 段階を経て 確実に変化している泣き言と 2種類あるな。

ここで宣言する。

母ちゃんの 泣き言は 後者だからな。

確実に 母ちゃんの中が変化して来ているぞ。

今日は 4月22日だから オレが死んでから2週間以上が過ぎている。

その間 日一日と母ちゃんの中が変わって来ているんだ。

家族 特に父ちゃんは オレのことの一番の共有者なんだけど この語りの場に来てくれている人たちの懐も 大きいんだなぁ。

この 語りの場には 暖かさと優しさがあふれている。

今日の ぽりさんのコメントの返事にも書いたんだけど 母ちゃん つくづく ありがたいと思っているんだ。

そんなみんなの 胸を借りて 母ちゃんが泣き言を言っている。

確かに みんなに甘えているんだけど これは 意味のある甘えだな。



苦しさ 悲しさ 寂しさを みんなに聞いてもらうことによって 心の中から手放している。

たとえば 昨日の 散歩のコート。

コート全体にあふれている散歩の思い出 もう2度と戻ってこない散歩の思い出を 泣くことによって手放していくんだと思う。

これからも いろいろなものを目にして ひととおり そのことを通り過ぎてしまわないと 終わりは来ないのかもしれない。

だから 時間が必要なんだな。

その 思い出を手放す作業は 一人でもできるだろうけど 胸を借りる相手がいれば とても楽にできるのではないかと思うんだ。

だって 母ちゃんは そんなできごとがあると すぐに 父ちゃんと この語りの場の人たちに話したい・・・・

そう 思ってしまうんだもの。



聞いてもらうと とーっても 気持ちがすっきりするんだ。

おかしな話なんだけど 本当なんだ。

だから もうちょっと 母ちゃんに 付き合ってやってくれな。

そして この語りの場が 母ちゃんと同じ様な思いをしている人たちの慰めの場になればいいなぁ・・・

そうも 思っているんだ。


またな!!!
  

Posted by ジョー母 at 20:32Comments(6)乗り越える

2011年04月21日

昨日のこと

昨日 おまわりさんに呼び止められたのは 午後のこと。

母ちゃん 午前中は そこいらの片付けをした。



もう 地震の前から ずっと オレが寝たきりになっていたので とうとう ジャガイモを植え損なってしまった。

オレが死んで一段落して あわてて種があるかどうか聞いてみたら 売り切れた と 言われてしまって 今年はあきらめたんだ。



それから 地震のときの後片付けも さし当たって不都合な所だけ片付けて あとはそのままになっている。

2階の本棚が倒れて ドアが開かなかったんだけど 本棚だけは元のとおりに立てて 本は 邪魔にならない所へ山積みになっている。

うーんと落ち着いたら そのうち少しづつ整理すればいいや・・・

なんて 母ちゃん 思っているんだ。

そんなわけなんだけど 昨日は 外の戸棚の中を 整理していたんだな。

そしたら また オレにまつわるものが出てきたんだ。



これは 冬の散歩のときに 母ちゃんが来ていたコート。

雪が降っても 風が吹いても これを来て この大きな麦藁帽子をかぶって まるで魔法使いのようないでたちで オレと散歩をしていたなぁ。

母ちゃん こういうものを見つけると まだ切なくってなぁ。

辛くなるんだなぁ。

だけど 思わず抱きしめて 匂いをかいでしまう。

去年の冬からずっと しまってあったので オレの匂いはしなかったんだ。



雪の中を これを着て オレと一緒にズンズン歩いたっけなぁ・・・

「ジョーちゃん・・ 雪の中を歩くって 何だか楽しいねぇ・・・」

なんて言いながらなぁ。

そんな コートなんだ。

それをどうするか さんざん迷ってな 結局 また もとの所へ収めたんだ。

一度は ごみの袋に入れては見たんだけど やっぱり捨てることが出来なかった。



母ちゃん そのあと オレの墓の前に立った。

しゃがみこんで しばらくいたんだけど そのうち 庭をきょろきょろしながら歩き始めた。

オレが そこいらにいるような気がしてきたんだな。



そのうち オレが よーくボールを転がして 矢のように下りて行った土手の上に立って 下をのぞいて見たりな・・・

いい手間 きょろきょろしていたなぁ。

「ジョーちゃーん・・・」

「ジョーちゃーん・・・」

なんてな・・・  呼んでみては泣いていた。



オレまで 悲しくなってしまう。

オレ 母ちゃんのすぐそばにいるぞ!



こうやって 行ったり来たりしながら 乗り越えていくんだな。


またな!!!
  

Posted by ジョー母 at 17:44Comments(8)乗り越える

2011年04月20日

ポーッとしていたら・・・

母ちゃんな いまだに出かけることが億劫なんだな。

以前ほどではないんだけど なーんとなく 出かけたくないんだな。



だけど やっぱり おかずを買いに行かなければならなくなってな 今日は ベイシアに行ったんだ。

ベイシアに通じる道に入るところで おまわりさんがいたんだな。

こんな所に立って 何しているんかなぁ・・・・

なんて思いながら ポーッとしたまま買い物をしたんだ。

母ちゃん 今でも オレが家で待っているような気がしてならない。

12年間の習慣とは すごいんだなぁ・・

どうにか買い物を済ませてな 帰り道 駐車場を出てほんの10mくらいのところで また おまわりさんを確認したんだ。



そうだ そろそろシートベルト・・・  と 思った瞬間 おまわりさんと目が合った。

「ピ・ピ・ピーー!!」 なんてな 誇らしげに笛を吹いて 勝ち誇ったように近づいてきたんだ。

ヒョロッとした 色黒の 人のよさそうなおまわりさんだった。

”今 しようと思っていたのに・・・  だって まだ 駐車場から出てきたばかりなのに・・・”

なんて思いながら その 勝ち誇ったような態度に 腹が立ってきたんだな。



「えー? 何でこうなるんだろう・・」

なんて言いながら 母ちゃん 運転免許証を提示して待っていたんだ。

その間  心の中では

”人が うっかり忘れたことを取り上げて えらそうに権力をひけらかして それであんたはいい気持ちなの?・・・”

なんてな・・・

どうも・・・・  終始 いい顔ができなかったんだな。


こんなものを 切られてしまったんだもの。

そのうち もう一人のおまわりさんが 母ちゃんのときと同じに 「ピ・ピ・ピ・ピーピー・ピッ!!」

なんてな 誇らしげに 勝ち誇ったように やっている。

車から顔を出したのは 若い男の人だった。

「今 ベイシアから出てきたところで シートベルトするところだったんです・・」

母ちゃん  ”同じ 同じ・・・”

「今 一斉取締りだから・・ 何とかかんとか・・・」

おまわりさんも 引いていない。



仕方なく 母ちゃんの隣に車を止めさせられた若い人は

「すみません 時間がないんです お客さんが待っているんです・・  早くしてもらえますか・・」

なんてな 腕時計を指差しながら言っていた。

母ちゃん ”それも 同じ 同じ・・”   なんて思いながら その人のところにかけ寄って 握手をしたい衝動にかられたんだ。

「原点が1点で 罰金はありません これで終わりです 気をつけて帰ってください」

なんて言われても なぁ・・・



家に帰ってきて 父ちゃんに そのことを報告したら 

「最初に警察官を見たとき シートベルトって 気づかなかったのか?」

「まったく気づかなかった  何でこんな所にいるのかなぁ・・  って 思っていただけ・・」

「それじゃぁ お前がバカだよ・・」

母ちゃん 泣きっ面に蜂 だな。



だけど もしかしたら そこで時間をとらされたお陰で 交通事故にあわなかったかもしれない・・・

なんてな いつもの 自分よがりな考え方をしてみたんだな。

そうしたら おまわりさんに申し訳なくなってきたぞ。

オレからも 言っておく。

「おまわりさん 母ちゃんが 大人気ない態度をとって すまなかったな」


またな!!!
  

Posted by ジョー母 at 19:53Comments(4)日常

2011年04月19日

報告する人

オレが死んだこと 「オレの語り」に 来ている人は 皆知っているけど そうでない人でオレのことをかわいがってくれた人もたくさんいる。

犬仲間の人たち。

郵便配達員の人たち。

宅急便の人たち。

生協の配達の姉さん。

営業で よく来た人たち。

それから 電気の検針員の人。

ガスの検針の人。

たぶん そのほかにもたくさんいるんだと思う。

ガスの検針の人は 最初からオレが苦手だったんだ。

「すいませ~ん ガスの検針なんですけど~ 犬をつかまえていてもらえますか~~」

なんてな・・・ 

毎月この人が来るときは 母ちゃんどこにいてもすっ飛んできてオレをつかまえて家の中に連れ込んだ。

電気の検針員の人は オレが健在かどうか何気なく気にしてくれていた。

「よかったぁ・・ 元気でいましたねぇ・・」

なんてな。

だけど まだ オレが死んでからは来ていないな。

営業の人たちは 大方の人がオレを嫌いな態度はしなかったんだけど 数名の人は 「すみませ~ん・・」  だったな・・・

生協の姉さんは 玄関に飾ってあるオレの写真と花たちを見て もしや・・・ という態度をした。

この姉さんは ずい分びっくりして 共に悲しんでくれたなぁ・・・

宅急便の人たちも 皆 びっくりして オレの死をいたんでくれた。

「よく お仕事の邪魔をして迷惑をかけましたよねぇ・・」

「いーえ 楽しかったですよ」

なんてな。

郵便配達員の人たちも びっくりしていた。

Kさんは Kさんなりに励ましの言葉をかけてくれたんだけど 何を言われたか母ちゃんさっぱり覚えていないんだなぁ。

犬仲間の人たちには まだ 報告してない人もいる。

モモの母ちゃんは オレの母ちゃんのところへ来てくれた。

「それは寂しいねぇ・・ しばらくは辛いだろうねぇ・・ 私も人事じゃぁないからさぁ・・」

その後 

「どうした? まだ出かける気にならない? Yさん(父ちゃんのこと)に 様子を聞いたら そんなこと言ってたから・・」

なんてな。

甲斐犬と暮らしている 百姓の師匠は 父ちゃんを通じて 遊びに出かけてください と 言ってくれた。

まったく ありがたいぞ。

こんな優しさが 人の心を癒すんだな。


またな!!!
  

Posted by ジョー母 at 20:24Comments(4)乗り越える

2011年04月18日

けじめ



今 アメブロでは 「正念場」 http://ameblo.jp/88811007/entry-10864699327.html というのを載せている。

オレと母ちゃんにとっての 「正念場」 の頃のことだ。

去年の 6月29日の語りだった。

過ぎてみれば忘れているんだけれど ずい分いろんなことがあったなぁ・・・

アメブロに載せながら 母ちゃんはその頃のことを再体験している。

切ない・・・・

つらい時期のことは やっぱり切ないなぁ・・・

そんなことも感じながら 今 母ちゃんは 乗り越える道を前に進んでいる。

本当に 行ったり来たりでな。




朗読奉仕会の講習会の次の日 母ちゃんは朝から出かける気分になっていた。

暖かくて いい日和の日だった。

目的は オレが世話になった動物病院へ オレのことの報告と感謝の気持ちを表すこと。





先生が待合室まで来てくれた。

「4月5日に ジョーが亡くなりました。 おかげさまで安らかに逝くことができました・・・」

「いろいろ お世話になりました・・・」

涙が出てきてしまって 上手に言えない・・・

「わざわざ ありがとうございます」

先生が 頭を下げた。




駐車場に出ると オレにおしっこをさせるために歩いた 畑の道が見えた。

懐かしさと 切なさが込み上げてきた。





今 母ちゃんは思うんだ。

あの時は オレが楽になるように必死だった。

泣いている 余裕なんてなかったんだ・・・

だけど 今 そのときしまっておいた分の感情も 引き出しから出しているんだろうなぁ。




帰りの道には 満開の桜の木が迫ってきていた。

やわらかな花びらの中に オレが飛び跳ねている姿が見えた。

そのときまでは そういうことは感じなかったんだけど・・・・

この日のことは きっと ずっと 忘れないだろう。


またな!!!
  

Posted by ジョー母 at 21:50Comments(6)乗り越える

2011年04月16日

出かける


物事っていうのは うまい具合に順番どおりに 用意されているものなんだなぁ。

母ちゃん 出かけることがおっくうでな 午後になるとコタツに横になっていることが多かったんだ。

それが 誘いがあってな 思い切って出かけることにして 返事をしたんだ。

出かける先は 母ちゃんが大好きな朗読奉仕会の講習会。

じいちゃんが病気になってから ずっと 休んでいたんだ。

だから もう 4年近く参加していなかった。

今度 テープからデジタル録音機に変わるので講習会に参加したんだ。

約束の時間が近づくと だんだん億劫になってきたんだけど 約束だから気合を入れて出かけたんだ。

オレが ハシハシしなくなってからずっと 母ちゃん自分の身なりにかまっていられなくなった。

久しぶりに 眉毛を書く気になったら 眉毛がな 雑草のようにぼうぼうでな ひどいものだったんだ。

あわてて整えて どうにか眉毛を書いたんだ。

今度は口紅を塗ろうと思ったらな 口の両端に うっすらひげまで生えていてな 母ちゃん 茫然とした。

どれだけ自分の顔を見ていなかったか・・・・

自分で あきれ返った。

どうにか化粧をして 約束の時間に遅れないように・・・

行ってみたら これが楽しくってな だんだん元気が出てきたんだな。

「これからは 私も読もうと思います・・・」

なんて言って 帰ってきたんだ。





「朗読奉仕会」 ってな 目が不自由な人たちに 本を読んでテープに録音をして聞いてもらうんだ。

仲間にも恵まれていて 何より本を音読することが楽しくって仕方がないんだ。

ずっと 参加しないで来たからな これからは また再開しようと思っている。

それがきっかけで 母ちゃん 外に出ることがそれほど億劫ではなくなってきたんだ。

ちゃんと順序良く 母ちゃんが無理なく前に進んでいけるように 物事って準備されているんだなぁ。

またな!!!
  

Posted by ジョー母 at 20:47Comments(6)乗り越える

2011年04月14日

首輪

今日は 奥さんとおいっこが来てくれた。

父ちゃんはどうでも 母ちゃんを気遣ってくれて来てくれるのかもしれないな。

最近 よく来てくれるんだ。

母ちゃんは 夢中になって今の心境を奥さんに話す。

姉ちゃんもそうだけど 奥さんもだまって最後まで人の話を聞いてくれる。

母ちゃんがひと通り話した後 奥さんが言った。

「私 ”土に還る” のところは ずっと読むことが出来なかったんです・・」

目には 涙があふれていた。

母ちゃん ハッとなった。

” そうか・・・  自分だけじゃないんだ・・・   苦しかったり 悲しかったりしているのは・・・・ ”

それと もっと大事なことに気づいたんだ。

家族やここに来ている人が オレを思う気持ちは 全部母ちゃんを通してオレに伝わっている・・・  と 思っていた。

でも そうではない。

その気持ちは それぞれの人から直接オレの所に届いている・・・  そのことに気づいた。

母ちゃん 奥さんの言葉で 自分が思い上がっていたことに気づいたんだ。

みんなにも すまなかった。


そして 母ちゃんが みんなに共有してもらいたい一心で語った オレの語り

もしかしたら 奥さんのように 読むことが辛かったひともいたかもしれない。

げんに シエロさんは 読めなかった。

母ちゃん 自分のことに夢中で そういうことに目が向かなかったな。

今 アメブロでは 去年の6月後半の所へきていてな オレが後ろ足のベルトで歩くことをちゅうちょしていたのが とうとう歩いたところなんだ。


それが進化して 「がに股散歩」 に なっていくんだよな。

グンブロの記事を アメブロに移す作業が 今日は辛かった。

それでも アメブロの人たちにも聞いていもらいたい一心で 移した。

そんな記事を なつかしく 切なく 母ちゃんと同じ思いで読んでくれる人がたくさんいるんだろうな。



こんなふうに 手紙でお悔やみと励ましの言葉を伝えてくれる人もいる。

本当に ありがたい。


そして やっとこ 首輪の話だ。

オレが 我が物顔で過ごしていたころの話をしていたとき 首輪がまだそのままになっていたことに 二人が気づいたんだ。

母ちゃんが 今までと同じ所から持ってきて 父ちゃんに渡した。



何年も使っているので すっかり古ぼけてしまったんだけど オレも父ちゃん母ちゃんも これが好きでな

とうとう 最後までこの首輪を使っていた。

そのうち 父ちゃんが 首輪の匂いをかいてみた。

「あれ?  匂いがすごいや。  強烈だ。   うーん これはジョーが血気盛んな頃のにおいだな」

「えー?  どれどれ 私にも貸して・・」

二人して オレの首輪の匂いを くんくんかいでいる。

「ちょっと 貸してみな・・」



また 父ちゃんが受け取って 今度は

「あれ?  こんなところに毛がはさまっているよ  すごい こんなに抜けていたんだろうか・・・」

「なになに どこ見せて・・」

なんてな・・・・   二人で取り合うように 交代ごうたいで首輪の匂いをかいでいた。

「これは 記念に取っておこう」

「そうだね それがあれば何にもいらないね」

さっきの写真じゃぁ よくわからないだろう?



でも これなら わかるだろう。

いつの間にか オレの毛が抜けてはさまったんだろうなぁ・・・



最後に・・・・  母ちゃん 夕べは安定剤を飲まずに眠れたんだぞ。

その代わり 燗酒をクイッとやってな そのまま寝ちゃったんだ。

よかったぞ。


またな!!!
  

Posted by ジョー母 at 23:08Comments(2)乗り越える